城塞都市トワングステ
ヴィルヘルミナは警戒した様子の兵士に囲まれながら応接間に案内された。応接間は貴族的な装飾がほとんどない代わりに、大量の武具が壁に飾ってあった。剣・槍・盾・鎧など、どれも実戦で使われたであろう傷がついている。
もちろん、ヴィルヘルミナに応対してくれる者はおらず、代わりに十名ばかりの完全武装の兵士が彼女を取り囲み続けた。
「退屈なんだが、飲み物くらい出してくれないかな?」
「お前は血以外のものも飲むのか?」
「味覚は普通の人間と変わらない。栄養にはならないけど、味を楽しむことはできる」
「……何が欲しい?」
「ワインとか、何でもいいから酒を持ってきてくれ」
「分かった……。客人に飲み物すら出せないとなれば、当家の恥だからな」
兵士から館の侍女たちに事情が伝えられ、辺境伯が蔵に納めているワインが提供された。
「ヴィルヘルミナ様は吸血鬼の方とのことなので、百五十年物の赤ワインを用意させていただきました」
「どうも。ありがたく頂戴するよ。百五十年前といったら……北方帝と元老院が喧嘩していた頃だね。面白いものはあまり見れなかったけど」
「それを、直接見てこられたのですか?」
「百五十年前なんて最近のことだよ」
「はぁ……」
ヴィルヘルミナは見張られて殺気を向けられているのも気にせず、まるで自分の城か何かのように優雅な時を過ごした。
数時間後。退屈していたヴィルヘルミナにようやく報せが届いた。
「殿下は、お前を連れてくるように命じられた。つまり、最前線の城塞都市トワングステに来いということだ」
「それはそれは。さすがは辺境伯殿、話がわかる人だね」
「思い上がるなよ? お前が信用されたわけではない」
「分かってるって。じゃあ、トワングステまで行ってくるよ。世話になったね」
ヴィルヘルミナはソファから立ち上がり、そのまま出立しようとするが、兵士たちが慌てて止める。
「ま、待て! お前のような奴を領内に放つわけにはいかない!」
「そうかい? ブロベルク伯は私を放任してくれたけど」
「それは……伯爵も、西の吸血鬼事件の対処で忙しいのであろう。ともかく、これからは常に監視をつけさせてもらう。くれぐれも妙な気を起こすなよ?」
「そんなことしないって」
――まったく、頑固な連中だね。
ヴィルヘルミナは内心では呆れつつ、兵士たちの要求を承諾した。馬を貸してもらい、騎士八名と供回り十五名ほどに監視されつつ、ヴィルヘルミナは東に向かう。
○
道中、取り立てて大きな問題は発生しなかった。ヴィルヘルミナは夜にしか移動できないので監視の兵や馬は随分疲れた様子だったが、彼らが勝手に言い出したことなので知ったことではない。
ポメレニア辺境伯領の北東の端、現在異民族・異種族との紛争の最前線となっている城塞都市トワングステの目前まで、十日ほどで到着した。
「もうすぐ太陽が昇ってしまうね。目的地は見えてるけど、すまないが今日はここまでだ」
「ああ。適当に洞窟でも探せ」
「君達も手伝ってよ」
「……分かっている」
トワングステまでほんの二時間ほどの距離ながら、一行はその場で足を止めることになった。昼の間、ヴィルヘルミナは洞窟で寝ていたが、監視の騎士がポメレニア辺境伯にヴィルヘルミナの到着を報告しに向かった。
○
トワングステは人口二千人程度の小規模な街だが、城壁の規模は首都グダンツに劣らない。ただし、現在は城壁の内側のほとんどが兵士の宿舎となっており、住民はほんのわずかだ。
この城塞都市で特徴的なのは、都市を数十の巨大な塔が囲んでいることである。その塔は、中心となる太い塔の四隅に、細い塔が連結されたような見た目をしている。太い塔は上から見ると正方形で、普通の家ほどの床面積を持つ。細い塔は五人も入るといっぱいになるくらいの、城塞都市にはありふれた塔である。
さて、ヴィルヘルミナが寝ている間、いつものように敵が攻撃を仕掛けてきていた。
第二十一代ポメレニア辺境伯アドルフ――言うまでもなく、魔王を討伐した勇者の末裔――は城壁の上に本陣を置き、自らの目で戦場を見ながら指揮を執っていた。当代の辺境伯はまだ若く、三十代になったばかり。彼の家系は目の色に特徴があり、すなわち宝石のように鮮やかな蒼い眼を持っていることで知られている。
「殿下、前線の歩哨より連絡です。東北東十八キロ地点、ドラゴンおよそ三十体の軍勢を確認しました」
尻尾まで含めた全長はおよそ十二メートル。エルフ一人を乗せたドラゴンの群れである。人口が少ないエルフの主力部隊だ。
「いつもの威圧だろう。城まで引き寄せ迎撃する。高射砲塔12番から36番、迎撃の用意をせよ」
「はっ!」
城を囲むように立つ塔は、一般的に高射砲塔と呼ばれている。その名の通り、空から来る敵を迎え撃つことに特化した塔である。辺境伯は自ら双眼鏡で敵の様子を観察しつつ、攻撃の時を待つ。




