背後からの攻撃
敵、ヴァルシュヴァ伯が率いる三百の騎兵は、迅速な動きで山を迂回し、辺境伯軍と宮中伯軍の背後から騎乗突撃を開始した。こちら側の本陣を守るのは、精鋭騎士八十名程度である。数ではかなり劣っているが、防衛戦と考えれば悪い比率ではない。
「敵はずいぶん訓練されているみたいだね」
「ええ。あの敵部隊は全てヴァルシュヴァ伯直属の騎士でしょう。訓練と統制が行き届いている強力な部隊です」
「ほ、本当に大丈夫なのだろうな!?」
「ご安心を。こちらも訓練が行き届いた精鋭ですから。念のため、宮中伯殿下は後ろに下がっていただければと」
「わ、わかった」
敵勢は山を猛烈に駆け上がる。ポメレニア辺境伯もこちらに注視せざるを得なかった。
「殿下! 正面の敵が動き出しました!」
「そちらはブロベルク伯に一任する。彼ならば問題なく撃退できよう」
「はっ!」
思った通り、正面の部隊を拘束するために、ポスナニア公の本隊がまたしても突撃を仕掛けてきた。辺境伯はその対処を部下に一任し、気にしないことにした。後方の三百騎のことだけを考える。
「総員、射撃を始めよ!」
と、騎士たちに命令する。本来それは農兵の仕事なのだが、騎士の矜持などに構っている余裕はない。騎士たちは魔導弩で射撃を始め、敵の隊列は乱れる。敵は更に、馬を妨害するための堀や逆茂木に引っかかり、足並みが乱れてきた。
敵の鎧の意匠が判別できるほど近づいたところで、辺境伯は白兵戦の用意を命じた。騎士たちは直ちに弩を投げ捨て、斧や槍など各々の得意な武器を構えた。
「迎え撃て! 一人として通すな!」
「「おう!!」」
柵越しに、白兵戦が始まった。敵の槍突撃はやはり失敗し、彼らも剣や斧に持ち替え、白兵戦に移行する。辺境伯や宮中伯、それにヴィルヘルミナが陣取る本陣からわずかに五十メートルほどしか離れていない地点が最前線である。
「申し上げます。敵勢には、ヴァルシュヴァ伯自身の姿が見えません」
「そうか。彼女らしくないが……」
「貴族なんて、そんなもんじゃないかい?」
「私も長らく会っていませんから、性格が丸くなったのでしょうか」
辺境伯アドルフは釈然としないようであったが、ヴィルヘルミナは特に気にしなかった。
「このまま守り切れるかな?」
「守り切れなければ、私が死ぬか捕虜になるだけです」
「捕虜になってもいいのかい?」
「後継者もいない今、ポメレニア辺境伯が空位になるのは避けねばなりません。身代金くらい払いましょう」
「そうかい」
――まあ君ならそう言うか。
今のポメレニア辺境伯領には自分が必要だと言って憚らないのは、合理主義者のアドルフらしい。実際その通りだからである。
戦況としては、柵や障害物を事前に用意しておいた辺境伯軍がよく持ちこたえている。ヴィルヘルミナの目にも辺境伯の目にも、押し切られる未来は見えなかった。
しかし、まさに、その時であった。
「そ、空飛ぶ馬です!!」
「何だと?」
「おやおや、ペガサスじゃないか。どうしてこんなところに」
「これはまた、面倒な……」
たった一匹だけだが、白い翼を広げた馬が空を舞いながら突撃してきた。空を飛ぶその騎士に、柵などは意味を持たない。防戦する辺境伯軍の騎士たちに対し、斜め上からランスを構えて突撃してきた。
「上だ! ペガサスが上から来るぞ!!」
「どうしろってんだ!?」
「知るか!!」
まさか空から槍が襲ってくるとは思わず、精鋭騎士たちでも動揺し、反応することができなかった。勢いのついた槍先は騎士の鎧を打ち砕き、周囲の騎士を巻き込んで吹き飛ばした。一撃で隊列の一角が吹き飛ばされたのである。
「これはまずいんじゃないかい?」
「まったく……。またですか……」
辺境伯は恨めしそうにその騎士を見つめていた。トワングステで遭遇した成体のドラゴン同様、軍略が通用しない敵というものが、辺境伯アドルフは大嫌いである。それは戦争ですらなく、災害に等しい。
これほど小規模な戦闘では、たった一人の活躍が戦況を大きく傾けることもある。ペガサスに乗った騎士が喰い破った穴からヴァルシュヴァ伯軍の騎士たちが乱入し、防衛線が突破されてしまったのである。
「やむを得ません。甚だ不本意ですが、私が出るとしましょう」
「え、君、自分で戦えるタイプだったのかい?」
「将軍が自ら武器を振るうなど、負けを認めたも同然ですがね」
辺境伯は溜息を吐くが、次の瞬間には彼の手に長柄の戦斧が握られていた。ヴィルヘルミナがよくやるように、魔法で武器を作り出したのである。
――そういうこともできるのか。
「本当に不本意ですが……」
「そんなに嫌なのかい?」
「当たり前でしょう」
明らかに苛立っている辺境伯は、ペガサスに乗った騎士に向かって突っ込んだ。容赦なく斧を叩きつけようとするが、相手も斧を持っており、斧の打ち合いになる。
何度か斧を叩きつけ合った時、相手が戦場に似つかわしくない声を発した。
「あら、ポメレニア辺境伯殿下ではありませんか! お久しぶりです」
「その可愛らしい声は、ヴァルシュヴァ伯でしたか」
その騎士とは、まさしく今回の攻撃を仕掛けてきた指揮官その人であった。珍しい女性の君主、ヴァルシュヴァ伯フリーデである。丁寧な口調で言いながら、ポメレニア辺境伯は彼女の胴に向かって斧を振った。
「ええ、その通りです。まさか辺境伯殿下を見つけられるとは、わたくしは運がいいです!」
軽やかに挨拶しながら、ヴァルシュヴァ伯フリーデは躊躇なく斧を振り下ろした。辺境伯は平然とそれを受け止める。
「伯爵としての職務はしっかり果たせているようで何よりです」
にこやかに会話を交わしながら、二人は相手を殺そうと斧を叩きつけ合う。異様な雰囲気に気圧され、敵も味方も、この二人の闘争に介入しようとは思えなかった。
「何やってるんだ、あの人たち……」
――まあ、人間にしてはいい動きなんだけど。
普通に会話しながら殺し合っている辺境伯と伯爵に、ヴィルヘルミナはドン引きしていた。




