決して崩れぬ壁
「敵勢は三千! 突っ込んできます!」
「やることは変わらない。弓兵と歩兵で迎え撃つのだ。我々は動く必要は全くない」
「はっ!」
ポメレニア辺境伯は先程と全く同様の指示を出した。前回より兵数が増えているとは言え、敵軍の士気は低下している。突撃にもあまり勢いがない。
「おお、射撃だけで逃げ出す連中がいるね」
ヴィルヘルミナは吸血鬼の高い視力で、敵の一部が接敵する前に逃げ出し始めたのを見て取った。
「我が方の陣地に突入することを恐れたのでしょう」
「勝手に逃げたりして大丈夫なのかな」
「敵は複数の貴族の軍隊の寄せ集めです。ポスナニア公の一元的な指揮の下にあるわけではないのです。どこかの貴族が勝手に判断して撤退することもありましょう」
「敵は思ったより大したことなさそうだね」
「ええ。だから私は、最初から我々の方が有利だと言っていたのです」
「予想が大当たりでよかったね」
弓兵の射撃だけで、敵の士気は一気に崩れた。白兵戦に移行する前に敵の半分が離脱し、残り半分が下馬騎士や農兵と交戦するが、前回より数が少なくなっている以上、押し切れないのは明らかだろう。
ブロベルク伯が率いる前衛部隊は、今回も軽々と敵を撃退した。辺境伯軍と宮中伯軍に犠牲はほとんど出ず、敵方は三百騎ほどを失ったのであった。
「こ、ここまで圧倒するとは、さすがだな、辺境伯……」
「我が領地と領民を侵さんとする者に、容赦は必要ありません」
「そ、そうか……。この調子ならば、このまま勝てそうだな」
「ええ。想定外のことが起こらなければ、何の問題もなく勝てましょう」
「この惨状で、敵が同じことを繰り返してくれると思っているのかい?」
二度同じことをして失敗しているのに、三度も同じことをしてくるとは、ヴィルヘルミナには思えなかった。相手がどれほどの愚将であろうと、そこまで愚かな選択はするまいと。
「仕掛けてきてくれないと困りますね。こちらからは手を出せませんから。しかし、先程言った通り、敵が今更になって消極策に転じる可能性は低いかと」
「もっと利口なやり方で攻めてくるかもしれないってことだよ」
「敵にそんなことができる人材がいるかというと、心当たりがないわけでもありませんね」
「それは楽しみだね」
ポスナニア公らが次はどんな手を打ってくるか。そしてポメレニア辺境伯はどう応じるか。ヴィルヘルミナは心待ちにしていた。
そして、先刻の総攻撃から数十分後、ついに敵が新たな動きを見せた。
「敵の重装騎兵が山を迂回する動きを見せております! 数はおよそ三百! ヴァルシュヴァ伯の旗印を掲げております!」
重装騎兵の一団が、極めて統制の取れた動きで迅速に、辺境伯らが籠る山を回り込もうとしていた。
「面白いことをする奴もいたものだ」
「左様ですね。ヴァルシュヴァ伯は高位貴族としては珍しく女性でして、やることなすこと破天荒で有名なのです」
「で、そいつは背後か側面を衝く気かな?」
「それ以外にはないでしょう。より効果的なのは我々の背後を突くことです。正面の敵は未だ多く、兵力を分散させることはできませんから、背後の守りはガラ空きです」
さすがに正面から兵力を引き抜けるほどの余力はない。挟撃とは、優勢な兵力を活用する最も効果的な手段の一つである。
「い、一大事ではないか! ここが襲われるのではないか!?」
まさか自分自身が危険に晒されるとは思わず、ヴィアドルス宮中伯は気が気ではなかった。
「ええ。ですので、ここでヴァルシュヴァ伯の軍勢を迎え撃ちます。騎士の中でも精鋭を本陣守備隊として残していますから、ご心配なく」
「ほ、本当に大丈夫なのだろうな……」
「私を疑われるのですか、殿下?」
「い、いやいや、そんなことはないが……。そ、そうだ、そこの吸血鬼に戦わせればいいではないか!」
「呼んだかい?」
――なんかバカにされた気がするんだが。
「え、あ、ああ……」
偉そうな態度の割に、いざヴィルヘルミナと対面すると、宮中伯は酷く叱られた子供のように萎縮していた。辺境伯はあえて両者の間に立つことはなかった。
「私を戦わせたいということは、つまり私を雇いたいということだね?」
「そ、そうだな。金を払えば、雇われてくれるのか……?」
「今回限りならお安くしておくよ。銀貨十万枚くらいかな」
「んなっ……ば、馬鹿なことを言うな! 城が一つ建つぞ!」
「大貴族なんだから、払えないことはないだろう? ああ、正確に言うと、私は銀貨そのものに興味はないんだ。銀貨十万枚に相当する財宝とかを渡してくれればいいよ」
「ううっ……」
「さあ、どうする?」
金さえ払えばヴィルヘルミナが味方になってくれるというのは、ヴィアドルス宮中伯にとって大いに魅力的な提案だったが、今日一日のために国家予算級の財を手放すのは、やはり気が引けたようだ。
「い、いや、やめておこう。ここは辺境伯を信じるとしよう。私が死ぬなら、その時は辺境伯も死ぬ時だ……」
「そうだね。賢明な判断だと思うよ」
「ご安心ください、宮中伯殿下。馬避けの障害物は後方にもありますし、三百程度の相手ならそれほど苦労なく迎え撃つことができます」
――最初からそう言えばいいのに。
「あ、ああ、信用しているぞ、辺境伯」
戦場がすぐそこにやって来るようだが、ヴィルヘルミナは高みの見物を決め込んでいた。




