ブロベルクの戦い
ポスナニア公らの軍勢はポメレニア辺境伯領に侵入し、辺境伯勢と同じく都市ブロベルク近郊に到達して陣を構えた。
「申し上げます。敵勢は街道からやや外れた山上に陣を構えております。山には多数の柵や堀が見られ、防御を固めている様子です」
ポスナニア公に偵察隊からの報告が入った。
「街道から離れているとは、どれほどだ?」
「およそ二キロは離れております」
「そんなに離れていては、街道への牽制にもならぬな」
「はい」
「とは言え、これを無視するわけにはいかぬな……」
敵の陣容を把握したところで、ポスナニア公は今回の侵攻に参加している諸侯や将軍たちを集め、軍議を開いた。
そんな中、一際異彩を放つ人物が一人いる。たった一人だけ、女のエルフが参加している。しかも彼女の両脚と左腕は義肢となっており、無事なのは右腕だけという悲惨な有様であった。彼女の名はシルヴァ。ポスナニア公の客将である。
「公爵殿下、ここは倍程度の兵で敵を包囲し、残りの兵でポメレニア辺境伯領の制圧に向かうべきかと」
「あれほどの小勢を相手に、左様な受け身の策を採れと申すか?」
「はい。敵は勝手に山に閉じこもってくれているのです。わざわざ戦う必要はありません」
「ふん。我らの三分の一もいない相手に怖気付いたか。卿らエルフは、極端に消極的過ぎるのだ」
実際、人口が非常に少ないエルフは人命を損なうことを極端に嫌う傾向がある。
「戦わずに済むのに、わざわざ戦う必要はないでしょう。どれほど有利であっても犠牲は出ます。将兵を無駄に失わせる必要はありません」
「ならん! これほどの兵を持っていながら敵を恐れて戦いを避けるなど、もっての外である!」
「我々の目的はポメレニア辺境伯の領地を削ることでは? 敵軍を山に閉じ込めておけば、もぬけの殻となった敵領を好き勝手に切り取れます」
「あそこの敵を殲滅すれば、もっと簡単であろう!」
と、今回の侵攻に参加しているもう一人の公爵、ブレスニツェ公は言った。ポスナニア公も賛同し、シルヴァは「そうですか」と受け入れるしかなかった。
シルヴァはこの会議の流れが始まる前から決まっていたことを察して、それ以上抗弁することはなかった。
「諸君! 余は相手が勇者の末裔だろうと臆する気は全くない! そして相手が少数であろうと手を抜くつもりもない! ポメレニア辺境伯が降伏せぬ限り、徹底的に叩きのめすまでである!」
「いくら辺境伯であっても、これほどの数の差を覆すなど不可能! 我らの勝利は疑いようもありませんな!」
「よくぞ申してくださった、ブレスニツェ公! 一気呵成に攻めかかり、ポメレニア辺境伯の首を取ってやろうぞ!」
「「おう!!」」
全てはポメレニア辺境伯アドルフの想定通りである。ポスナニア公は諸侯を前にして消極策を採用することができず、辺境伯軍を全軍で叩きのめすことを決定したのである。
○
「弓隊、前へ! 敵に矢の嵐を浴びせてやれ!」
ポスナニア公が号令を下した。戦端は両軍の魔導弩兵同士による遠戦で始まる。公ら連合軍の弓兵はおよそ四千。それに対して辺境伯と宮中伯軍の弓兵は一千と少しばかりである。ここでも兵力差は三倍を超えている。
だが、その結果はポスナニア公にとって芳しいものではなかった。
「申し上げます! 敵は山上より射撃してきており、我らの矢が届きません!」
「あ、当たり前であろうが! もっと近づけ、馬鹿者共!」
「はっ!」
互いの武器の性能はほぼ同じ、魔法式の連弩である。であれば、山の上から矢を射掛ける方が圧倒的に射程が長いのは明らか。ポスナニア公らの弓兵は何もできないまま、次々と撃ち減らされていく。
「殿下、あまりにも不利です。撤退した方がよろしいかと」
シルヴァは再び消極策を提案した。
「こちらは三倍いるのだぞ! 多少減らされたところでなんであるか!」
「たとえこちらの矢が届いても、敵は山の上から、こちらは山の下から矢を放つのであれば、威力は段違いです。鎧などで簡単に防がれてしまいます」
「知らぬわ! このまま数で押し潰せ!」
「はぁ……そうですか」
結局のところ、シルヴァの言った通りになった。何とか敵軍に矢が届くところまで部隊を進めても、矢が弾き返されることが頻発する。それに対して敵の矢は速度がついており、鎧を纏っていても貫通される始末。
「申し上げます! ロヴィチェ伯様、討ち死になされました!」
「な、何だと!?」
「私はこうなるとご忠告したのに」
「弓兵隊は総崩れです! 統制が取れません!」
弓兵を指揮していた伯爵が戦死すると、士気の面でも指揮系統の面でも、四千の弓兵隊は一気に崩壊した。
「最早これまでです。敵は恐らく、打って出てくることはありません。速やかに、全軍に撤退を命じてください」
「わ、わかった! 全軍撤退せよ!!」
さすがのポスナニア公もシルヴァの言葉に従わざるを得なかった。そしてまた彼女の予言通り、ポメレニア辺境伯軍が追撃を仕向けることはなく、弓兵隊は無事撤退することに成功した。




