人と吸血鬼の間
翌朝、ヴィルヘルミナはヴェロニカと会うことにした。常に苦しそうな様子のヴェロニカに夜まで起きていてもらうのは忍びないと思ったからである。
館の侍女たちに頼んで、ヴェロニカの寝室の窓という窓を厚いカーテンで塞いでもらい、真っ暗にした。燭台に火を灯して明かりを確保するのは、まるで真夜中のようであったが、まだ朝である。
何人か侍女が控えていたが、特に見張りの兵士などはいなかった。並の軍隊くらいなら軽く蹴散らせるヴィルヘルミナ相手では、護衛を置いても置かなくても大して変わらないだろう。
ベッドに横たわって苦しそうに呼吸をする少女。亜麻色の髪と、辺境伯と同じ美しい蒼い瞳を持つ少女に、ヴィルヘルミナはしゃがみ込みながら呼びかけた。
「やあ、初めまして。私はヴィルヘルミナ。吸血鬼だ」
「わ、私は……ヴェロニカ、です。あなたが、兄上が仰っていた、吸血鬼様、なのですね」
少し喋る度に呼吸を整え、とても長話をできる雰囲気ではない。
「ああ。君の自己紹介は結構だよ。辺境伯からは君を治療するよう頼まれているが、私もどうしたらいいかなんて分からない」
「もし……私に、吸血鬼の血が入っているのが、原因なのだと、したら……それを吸い取ってくださることは、できないの、でしょうか……?」
「それができたら一番なんだけどね。まあものは試しだ。やってみよう。腕を出して――いや、私がやるから動かなくていいよ」
「すみません……」
「痛かったら言ってね」
ヴィルヘルミナはヴェロニカの寝巻きの袖を捲り上げ、上腕にそっと噛み付いた。生命力を吸い取るつもりはないので、吸った血はほんのわずか。だがそれでも、ヴィルヘルミナには確信できることがあった。すぐにヴェロニカの腕から離れ、傷口に治癒の魔法を施す。
「もう、よいのですか……?」
「ああ。やはりというべきか、君の体内には吸血鬼の血が入っている。そしてそれは、とんでもなく薄い。つまり君の体の中に均等に分散してしまっているということだ」
「つまり……私の血を全て、吸わないといけない、のですね……」
「そういうことだね。まあ、人間の血は抜いた分だけ造られるから、少しずつ血を吸っていけば、いずれは体内から吸血鬼の血を追い出せるかもしれないけど」
要するに、ヴェロニカの血を丸々入れ替える必要があるということだ。特に怪我などをせずとも、人体は血液を新しいものに交換し続けているが、吸血鬼にとっての血とは概念的なものであって、あくまで吸血鬼が血を吸い出す必要がある。
「それは……とても、現実的とは思えません」
「ああ。栄養状態はいいだろうけど、君は健康優良とは言い難いからね。果たして何年かかるのやら」
「やはり……ヴィルヘルミナ様であっても、打つ手は、ないのですね……」
「そうだね。私にできることなんて、血を吸うか血を与えることだけだ。一応、色々と試してはみるつもりだけど、望みは薄いと言わざるを得ない。すまないね」
嘘を言って希望を持たせるようなことは、ヴィルヘルミナは好まない。いや、どんな状況であっても、嘘を吐くのは嫌いだ。
「いいのです……。最初から、治るとは、思っていません、から……」
――なかなか根性のある娘だな。
「君みたいな可愛い子に、そんな思いはさせたくないんだけどね」
「えっ……あ、ありがとう、ございます……」
「ともかく、これから暫くよろしくね、ヴェロニカ」
「はい……。よろしく、お願いします……」
ヴェロニカは起き上がってお辞儀をしようとしたが、ヴィルヘルミナは慌てて止めた。
ヴィルヘルミナはヴェロニカを治す手段がないか色々と考えてみたが、自分自身で言ったように、彼女に医術の面で特別な力はない。治癒魔法は並の魔導士程度のものしか使えず、その不死性は彼女自身にしか適用されず、役に立たない。
そうして、ヴェロニカと出会ってから十日ばかりが過ぎた頃。
「――そうそう、ウル・シャリムの大図書館というのは知っているかい?」
「もちろん、です。地中海の向こう側に、レムリア帝国の建国より昔から、存続していると……」
「そうそう。そこに行けば君の治療法も見つかるかもしれないんだが」
地中海の東の端、南方帝領にある都市ウル・シャリムは、どの国の支配にも服さず、太古の昔から延々と書物を継承してきた。
「そんな……。そんな遠くまで、ご足労いただく、わけには……」
「私は吸血鬼だ。別に大した苦労じゃない。君の状態には興味もある。ただ、二ヶ月はここを離れることになるから、その間にドラゴンとかが襲ってきたら困るね」
「そう、です。兄上との契約を、優先して、ください……。私なんか、よりも」
「自分を大切にして欲しいんだが、まあそうだね。この戦争が終わったら行くとしよう」
「そこまで、していただくことは……」
「これは私自身の興味でもあるんだ。将来的に吸血鬼を人間に戻すことができたら、面白いからね」
そういう純粋な知的好奇心も大いにあったが、ヴィルヘルミナはこの少女を何としてでも助けたいと思っていた。




