西への道中
ポメレニア辺境伯は騎士百五十騎を含む一千ばかりの兵を引き連れ、トワングステのことはヘルヴェコナ伯に任せ、首都グダンツに向けて出発した。
さすがにこの数の人間を吸血鬼の行動様式に従わせるわけにはいかないので、ヴィルヘルミナは昼間の間にも移動している。外には出たくないので、四方を壁で覆った荷馬車の中に引きこもっている。非常時に備えて棺桶も用意してある。
「ヴィルヘルミナ殿、不便をお掛けして申し訳ない」
辺境伯アドルフが荷馬車の戸を開けて話しかけてきた。
「はぁ、開けないでくれよ。危ないじゃないか」
ヴィルヘルミナは冗談めかして言った。客人でありながら荷馬車で運ばれていることについては、特に気にしていない。
「光の向きからして、こちらから太陽光が入ってくることはありませんよ」
「それはそうだろうけど」
「とにかくお元気そうでなによりです。可能な限り急ぎますが、それでも六日はかかります」
「夜の間も移動してくれないかい?」
「申し訳ありませんが、夜は休ませていただきます」
「冗談だよ」
「それはそれは」
「ああでも、一つ真面目な話があった」
ヴィルヘルミナの声が一段低くなった。
「と言いますと?」
「君の領地の西側で吸血鬼被害が多発していること、知らないわけじゃないよね?」
「無論です。長引く戦争で国内の治安維持に支障が出ていることは理解しています」
「分かってるなら、戦争なんてやめたらどうだい?」
すっかり呆れ果てた様子で言い放ったが、辺境伯にはまるで効いていない。
「危険が大きいと思われる村の民は城内に収容し、犠牲は最小限に抑えています」
「犠牲は出てるじゃないか」
「以前にも言いましたが、少々の犠牲を払ってでも、長期的な利益を得なければなりません。それが国家というものです」
「死んだ人間にとっては、そんなこと関係ないと思うけど」
「確かに、民の生命財産を保証するのは領主の役目です。遺族への補償は可能な限り手厚くします。我が国の財政も厳しいので、大したことはできないと思われますが」
「そういう問題じゃないんだけど。今生きている人のことを考えなって……言っても君には効果ないだろうけど」
「おや、悠久の時を生きる吸血鬼殿であれば、私の言葉も理解していただけると思ったのですが」
辺境伯は本気で当惑しているようであった。ヴィルヘルミナはそんな様子にすっかり呆れ返る。
「長いこと生きてきたからこそ、短い時間しか生きられない君達は人生を全うして欲しいと思うんだよ」
まるで長老か何かのように説教臭く言ってみるが、辺境伯にはまるで響いていないようであった。
「であれば、やはり国益をこそ優先すべきでしょう。これから生まれてくる数知れぬ人々のために」
「そう来たか……」
――まったく、付け入る隙がない。
「そんなものは想像上の存在だ。今生きている領民を大切にしようとは思わないのかい?」
「確かに想像上の存在ですが、我が領国が消滅しない限り必ず、今の領民の何十倍という人間がこの地に生まれ落ちることでしょう」
「それはそうだけど。いや、私もしつこいな。私の言葉も、所詮は気持ちの問題だ」
「全てを分かり合うことなどできません。分かり合えない部分は、そのままでよいのです」
「ああ、そうだね……」
ヴィルヘルミナは俯いて溜息を吐いた。
「で、西の吸血鬼退治は上手く進んでいるのかい?」
「不甲斐ないことですが、進展はありません。敵の吸血鬼は恐らく、深い森の奥に潜んでいるのでしょう。人も住まない場所に身を潜められると、探し出すのは困難です。ヴィルヘルミナ殿は吸血鬼を探したりはできないのですか?」
「近くにいれば分かるけど、数百メートルの話だ。探索には役に立たない。血の匂いなら何キロか先からでも分かるけど」
「敵が迂闊にも殺した人間を持ち帰ってくれていればよいのですが」
「私の存在は相手に知られている。敵対的な吸血鬼がいると知っている以上、それは期待できないね」
敵を発見できればヴィルヘルミナも手を貸すつもりだが、捜索の役には立てなさそうである。己の能力が限られていることを思い知らされて、ヴィルヘルミナは自分の無能を恨んだ。
と、その時であった。一人の騎士がグダンツの方から辺境伯の許へ駆け込んできた。
「伝令! 殿下、元老院からの連絡なのですが……」
伝令はヴィルヘルミナとポメレニア辺境伯を交互に見ながら、その報告を口にしてよいのか逡巡した。その心境を察すると、辺境伯は「話せ」と報告を求めた。
「はっ。元老院より、殿下を執政官に任じるとの通信が入りました」
執政官とはレムリア帝国の最高官職である。
「そうか。早かったな」
「そんなに偉かったのかい、君?」
「今の帝国で執政官など何の力もありません。ただの名誉称号ですよ。家名に箔が付くだけです。それには意味がありますが」
「いつの間に」
「今や帝国の制度など尽く形骸化しています。帝国が機能していた時代というのも、見てみたいものですね」
「昔話ならいくらでもしてあげるよ。皇帝の知り合いもいっぱいいるしね」
「それは楽しそうです」
他愛もない雑談で時間を潰しながら、一行はグダンツを目指して進み続ける。




