辺境伯の胸の内
「それにしても、こんなに長い間出兵を続けて、懐は大丈夫なのかい?」
ポメレニア辺境伯領の人口はおよそ百二十万であり、人口の1.5パーセント程度を動員していることになる。
「おや、吸血鬼殿でも左様なことを気にされるのですね」
「君より遥かに多くの戦争を見てきたし、いくらかは参加してきたんだ」
「なるほど。率直に言いますと、懐は苦しいものです。周辺の村々の食糧はとっくに略奪し尽くしてしまいましたから、国内から送り込むほかありません。とは言え、我が領地は寒冷故に豊かではなく、前線の兵士を支えるだけの食糧を用意することはできません」
「だったらどうしてるんだい?」
「周辺の諸侯から小麦を買い入れています。お陰で財政は破綻寸前の有様ですよ」
辺境伯は自嘲気味に笑う。自らがとんでもない状態にあるというのに、それほど危機感を覚えている様子は見受けられない。
「そんなことになるくらいなら、戦争なんてしなければいいのに」
「この戦争で得られた領地は、必ずや我が領国に富をもたらします。ほんの数年の我慢で、向こう数百年の利が得られるのです」
「その頃には君達全員死んでると思うけどねぇ」
「人はどうせ六十年程度で死にますが、国家は永続します。現実には人の一生より短く滅ぶ国家もありますが、しかし、国家が必ず滅びなければならない道理はありません。私は国家のために最善を尽くし、あわよくば次の世代に多くを遺したいものです」
「まあ、自分の子供が幸せに暮らせるようにっていう話なら、理解はできるけど」
「そういう矮小な問題ではありません。たとえポメレニア辺境伯の位を簒奪されたとしても、この国が豊かになることを望みます。吸血鬼のあなたには、理解できないことなのかもしれませんが」
「私も人間だったはずなんだけどね。そういうのはよく分からないよ」
ヴィルヘルミナはわざとらしく首を傾げた。彼女の言葉がそのまま真意ではないことは、人間関係というものに興味がない辺境伯にも見て取れたが、その点を追究するつもりはなかった。ヴィルヘルミナもまた、この話題を継続する気はなかった。
「君がそう思っているとして、君の領民はどう思うのかな?」
「恐らく、多くの者は戦争の負担を重荷と感じていることでしょう。そして私の考えを理解してくれる者は、貴族層の中でも一部に留まるかと」
「そんなんでいいのかい?」
「納得してくれなくとも、全て彼らのためです。臣下に嫌われたとしても、私は構いませんよ」
「まったく、君は先々のことを考えすぎなんだ。もう少し、今の足元のことを考えた方がいいんじゃないかい?」
――まあ、それが勇者一族の性ってことは知ってるんだけど。
「目の前のことしか考えられない君主など滅ぶだけです。先々のことを見つめ続けるのは、指導者にとって必要不可欠な素質です」
「程度の問題だよ。ずっと先ばかりを見ていては、足元の小石に躓くかもしれないだろう?」
「私もその程度の注意は払っていますよ」
「ああそう」
何を言ってもすぐ言い返されるし、辺境伯の思想に影響を及ぼすことはまず無理だとヴィルヘルミナは判断した。彼の祖先と会った時も、概ね同じ結果が待っていたのだが、ヴィルヘルミナは諦めが悪いのである。
何だか空気が重くなってしまったが、辺境伯アドルフは「そうだ」と手を叩いて、全く違う話題を持ち出した。
「ヴィルヘルミナ殿はどうやら最低でも五百年は生きていらっしゃるようですが、実際のところは何歳なのですか?」
「唐突だね」
「個人として興味があるだけです。別に答えていただかなくても構いません」
「女性に年齢を尋ねるのはよくないって教わらなかったのかい?」
ヴィルヘルミナは冗談めかして言った。予想外の返答に不意を突かれたのか、アドルフはほんの少しだけ目を丸くし、返事に窮した。
「おや、これは失礼。しかし、ヴィルヘルミナ殿の実力の程をもう少し知りたいと思いまして」
「ただの興味っていう話じゃなかったのかい?」
「ふむ。実力を知りたいというのは、ただの興味のつもりでしたが、軍事的な目的があるとも取られてしまいますね」
「まあいいや。でもまあ、君が会ったことのあるほとんどの吸血鬼より強いと思うよ」
「でしょうね。見ていれば分かりますよ」
「だろう?」
ヴィルヘルミナは自慢げに笑みを浮かべる。ヴィルヘルミナは褒められると簡単に調子に乗ってしまうのである。
「そんなヴィルヘルミナ殿を見込んで、お頼みしたいことがありまして」
「ドラゴン退治以外でかい?」
「ええ」
「私が手伝いそうなことが他にあるっていうのかい? 言っとくけど、私を報酬で釣るのは大変だよ?」
ヴィルヘルミナにやりたくないことをやらせるには、報酬は高くつく。今更だが、彼女がここにいるのは、彼女がそれを望んでいるからである。
「無論、承知しています。そのために、ひとまずは首都に戻ろうと思います。ヴィルヘルミナ殿にはお供していただきたい」
「先に依頼内容を教えてくれないのかい?」
「グダンツに戻った時にお伝えします。それとも、ここで合意を得ない限りは来ていただけませんか?」
「いや、そんなことはないよ」
――トワングステがどうなっても知らないけど、まあ彼が言うなら多分大丈夫でしょう。




