吸血鬼ゲルトルート
「その減らず口を閉じろ!」
「おやおや」
ゲルトルートは一瞬でヴィルヘルミナとの間合いを詰め、その心臓にサーベルを突き立てた。
「そんなのじゃ死なないって、分かってるだろう?」
「ふん。これはただの憂さ晴らしだ」
「おっと」
ゲルトルートはヴィルヘルミナを押し倒し、引き抜いたサーベルを再び心臓に突き刺した。ヴィルヘルミナに馬乗りになり、何度も何度も心臓を貫く。
「好きなだけ殺せばいいよ」
「舐めた口を……。死ね」
サーベルを抜いた瞬間にヴィルヘルミナの心臓は再生し、傷口はなかったことになる。何度でも殺すことができる。
と、その時であった。東から馬の足音が響く。
「もう来たか」
「ああ、味方か」
ヴィルヘルミナもゲルトルートも残念そうに言った。辺境伯軍の本隊が到着したのである。その先陣には騎乗したヘルヴェコナ伯ゲッツがおり、ヴィルヘルミナに馬乗りになっているゲルトルートを早々に発見した。
「おいおいおい、こいつはどういう状況だ?」
ヘルヴェコナ伯からすれば、よく分からない吸血鬼がヴィルヘルミナの心臓を突き刺しまくっていて、ヴィルヘルミナはまるで抵抗する気がないという、甚だ理解に苦しむ状況であった。
ゲルトルートは「チッ……」と舌打ちしながらヴィルヘルミナの首を刎ね飛ばし、立ち上がった。一瞬で首をくっつけたヴィルヘルミナは、呑気に欠伸をして背伸びしながら立ち上がった。
「その前に、お前は何者だ? 俺はヘルヴェコナ伯のゲッツだが」
「我が名はゲルトルート。見ての通り吸血鬼である。そして、これまでお前たちと殺し合っていた吸血鬼連隊の頭領でもある」
「ほーう。あんたが敵の頭目か。で、ヴィルヘルミナと何の関係が?」
これまでの動きを見るに、彼女たちがヴィルヘルミナを狙っていることは言うまでもない。
「ふん。教えてやろう。ヴィルヘルミナ……この化け物は、五百年前、私の家族を皆殺しにしたうえ、私をよりにもよって吸血鬼にしたのだ。こいつこそ、真に殺すべき化け物なのだ!」
「なるほど? ヴィルヘルミナ、本当なのか?」
「ああ、本当だよ。五百年前ともなると、私もヤンチャしてたからねぇ」
「貴様……。ゲッツとやら、これで分かったであろう。こんな奴とはとっとと縁を切れ」
「いや、そんなつもりはない。俺達も大概のクソ野郎共だからな。そのくらいのことは気にしねぇってもんだ」
「そのくらいのことだと……?」
「お前の家族を悪く言うつもりはねぇよ。だが、残念だが俺にとっては見たことも聞いたこともない他人だ」
「チッ……」
ゲルトルートにゲッツを説得する意欲はそれほどないようだ。
「なればもう用はない。我々はこの戦から手を引く。ホルムガルド公を始めとして、連中は腑抜けばかり。こいつを殺すのには何の役にも立たん」
「こっちの部下が大勢殺されてるってのに、なんもせずに見逃せって?」
「戦争なのだ。そんなことを根に持つな」
「ははっ。そうだな。勝手にしろ」
ヘルヴェコナ伯はあっさりと諦め、騎士たちに城内へ戻るよう命じた。ここで殺し合っては更なる犠牲が出るし、吸血鬼たちが翻意して再び諸種族連合に加わるのは最悪の事態だ。
「ヴィルヘルミナ、あんたはいいのか?」
「手を引くなら、今回は許してあげるよ」
「そうか」
両軍が撤収を始める。去り際、ヴィルヘルミナがゲルトルートに尋ねた。
「そう言えばなんだけど、一つ聞いてもいいかい?」
「あ?」
「ポメレニア辺境伯領の西部で村落が吸血鬼に襲われる事件が多発しててね。君達は関わってないよね?」
「我らは決して民には手を出さぬ。貴様のような獣と一緒にするな」
「分かってるよ。一応確認しただけさ」
「分かってるなら聞くな」
ゲルトルートはヴィルヘルミナの心臓に向かって投げナイフを放ってから、配下の吸血鬼たちと去っていった。
○
それから五日が経過した。諸種族連合軍は依然としてトワングステ城内に陣を張って攻撃を続けているが、最後の城門を突破できる気配は一向になかった。それどころか城内からの散発的な攻撃に悩まされ、兵の士気は低下していた。
「ホルムガルド公、兵らの士気は限界です。これ以上の包囲は無意味かと存じます」
「そのようだな……。総攻撃に打って出ても、追い返され兵を損なうだけであろう……」
「であれば、トワングステ攻略は諦める他にありますまい」
「我々エルフの正統な土地を、帝国の連中に奪われたままにすると仰るのか!」
「今はその時ではないのだ。北方帝領は決して一枚岩ではなし。いずれポメレニア辺境伯の増長を嫌う者との争いが生じよう。それに、トワングステの城壁は崩れた。これを守るには常に多くの兵を置いておかねばならぬ。辺境伯にとっては大きな負担であろう」
「それはそうですが……」
「国力という面では我らの方が圧倒的に優勢なのだ。儂は死んでいるであろうが、時間を掛けてじっくりと隙を窺えばよい。エルフなれば、それも苦ではなかろう」
「承知しました。軍を退きましょう。いずれ反撃を」
諸種族連合軍はトワングステからの撤退を決定した。ポメレニア辺境伯軍の局地的勝利である。




