膠着
「ホルムガルド公、今すぐその軟弱な発言を取り消してもらおうか」
「ゲルトルート殿、卿はヴィルヘルミナを殺すことが目的のようだな」
「今更隠すこともない。その通りである。私がお前たちに手を貸してやっていたのは、ヴィルヘルミナを誘い出すためにすぎない」
「我々が黙って卿に使い潰されるとでも思っているのか?」
「我々はお前たちに散々協力したであろう。ポメレニア辺境伯をトワングステに閉じ込められているのは誰の力だと思っている」
ポメレニア辺境伯に籠城戦を強いているのは、ひとえにゲルトルートら吸血鬼たちのおかげである。辺境伯と直接合戦したわけではないが、辺境伯は吸血鬼と平野で交戦することを不利と判断し、以降自ら積極的に打って出てくることはなかった。
「確かに卿には多大な恩がある。しかし、だからと言って壊滅の危険を冒すわけにはいかん」
「ふん。恩知らずめが」
ゲルトルートはホルムガルド公に向かってサーベルを振り上げた。が、次の瞬間、彼女の身体に十数の槍先が突き刺さった。彼女の両腕も切断されていた。
しかし吸血鬼ゲルトルートは痛がる素振りすら見せない。それどころか一瞬で両腕を再生させると、全身に槍が突き刺さったまま、落としたサーベルを拾い上げた。だが、それをホルムガルド公に向けることはなかった。
「脅しても効かぬか。はぁ、もういい。後は勝手にするがよい」
「これにて契約は終了だな。しかし傭兵にタダ働きさせるのは我が家の名誉に関わる。依頼料は持っていくといい」
「吸血鬼に必要なのは血だけである。金など要らぬ。さらばだ」
ゲルトルートは黒いマントをたなびかせ、北方諸種族連合軍を離脱した。ヴィルヘルミナがいるというだけで吸血鬼連隊は動けず、結果的にポメレニア辺境伯を大いに利していた。
○
トワングステ城の攻防戦は三日に渡って続いた。ポメレニア辺境伯はヘルヴェコナ伯と共に巧みに部隊を動かし、犠牲を最小限に抑えて時間を稼いだ。
二枚目の城壁も突破されたが、その頃になると辺境伯軍が最後の城門に、塹壕と柵を何重にも渡って敷いた堅牢な陣地を構築しており、諸種族連合軍はそれ以上進むことができなかった。
「すっかり膠着状態に陥ってしまったね」
「目的通りです。これで不敗の態勢を整えることができました。後は、敵が力尽きるまで待つだけです」
「またあのデカいドラゴンが来たりしないかい?」
「今のところは心配ありません。あの成体のドラゴンは、完全に飼い馴らせているわけではないでしょう。敵味方を見分けることなど不可能だと私は考えています」
「交戦状態に入ったからには襲ってこないってことか」
成体のドラゴンは敵味方関係なく近くにいる生物を攻撃すると予想される。諸種族連合軍がトワングステから撤退した後でないと、それが再び現れることはないだろう。
「とは言え、我が軍にとって極めて重大な脅威であることには違いありません。いずれはあれを討伐しなければならないでしょう」
「そうだね。でも、このまま耐え続けているだけで勝てるのかい?」
「こちらから散発的な攻撃を仕掛け続け、敵を疲弊させます」
「こっちも疲弊することになる気がするけど」
「それはまあ、やってみればわかることでしょう」
「随分雑だね」
――そんなこと言いつつ、勝算があるんだろうけど。
三枚目の城門を巡る戦いが始まった。とは言っても、大規模な戦いが起こることはない。諸種族連合軍側は城門を塞ぐように陣地を張り、内側からの逆襲に備えている。辺境伯軍はほんの数十人程度の小部隊を数時間おきに送り込み、嫌がらせを続けた。
そんなチマチマとした戦いが五日間ほど続いた頃。
「ん? 吸血鬼だ」
「もう来ないかと思っていましたが」
「西から来てるね。前と同じく、二百体くらい」
現在の主戦場の反対側に吸血鬼の群れが現れたことを、ヴィルヘルミナは察知した。
「そちらに向かってくださいますか?」
「もちろんだ」
「こちらも、兵を二千ばかり向かわせます」
「ああ。助かるよ」
辺境伯はヘルヴェコナ伯ら精鋭の騎士を西門に送り込んだ。ヴィルヘルミナは一足先に城から打って出た。吸血鬼たちは城門から矢が届かないぎりぎりの辺りで待ち構えており、ヴィルヘルミナは躊躇なく彼らに喧嘩を売りに行った。
「おや、知ってる顔じゃないか」
――そうかそうか。今回の騒ぎ、これが真相か。
黒いマントを羽織り、サーベルを持つ少女の見た目をした吸血鬼。彼女が一番前に立っていた。
「忘れたなどとは言わせぬぞ」
「忘れるわけがないじゃないか、ゲルトルート。久しぶりだね」
「黙れ」
それは数百年の生の重みを詰め込んだかのような、凍りつくような声であった。
「酷いなぁ。君のことを忘れた日なんて一度もないのに」
「ならば今すぐ自害して果てろ」
「いいよ、そのくらい。ほら」
ヴィルヘルミナは手元に短刀を作り出し、自らの心臓に突き立てた。が、何事もなかったかのようにそれを引き抜く。
「貴様……ふざけているのか」
「不満かい? じゃあ首を落とすか、腹を切るか、他にお望みはあるかな?」
「貴様の魂が永遠に消滅する方法を採れ」
「うーん。残念ながらそれは無理だ。仮に本気でやろうと思っても、私自身にもどうにもならない」
「貴様…………」
ゲルトルートは歯ぎしりする。ヴィルヘルミナが煽り立てるにつれ、冷徹を装っていたゲルトルートの化けの皮が少しずつ剥がれてきた。




