魔王城討ち入り
――これが人類最後の戦争になってくれればいいんだが、そうはならないんだろうなぁ……
「魔王様!! 先鋒のラエティア公ルドルフが裏切り、我が軍総崩れにございます!!」
「そうか。勇者様のことだから、どうせ事前に仕込んでたんだろうね」
病的に白い肌と髪、そして血のように赤い目は、最上位の吸血鬼の証である。少女の姿をした吸血鬼、魔王ヴィルヘルミナはこの日、最後の決戦に挑んでいた。
「ヴィルヘルミナ様、もはやこれまでです。我々に勝ち目はありません」
「そんなことわかってるよ。とっくに趨勢は決していた」
帝国暦824年、魔王戦争はいよいよ大詰めであった。魔王城東部で両軍が総力を挙げた決戦は、魔王軍の内部崩壊という形であっけなく終わった。
全ては勇者、グダンツ伯アドルフの超人的な戦略眼によるものであった。
「魔王城に籠城しますか?」
「魔王城は平和の街だ。なんの防備もない。籠城になんてならないよ」
「しかし、戦わずして居城を明け渡すというのは、後世から笑いものになるかと」
「そんなこと気にするのかい、ラウラ?」
ヴィルヘルミナの参謀、金髪のエルフのラウラは、口調こそ淡々としているが、案外ロマンチストな面がある。
「最後くらいは意地を張ってもよろしいかと。ヴィルヘルミナ様が極悪人として記録されることはあっても、小物として記録されることは納得できません」
「そうかい。わかったよ。最後くらいは格好つけることにしよう。全軍、魔王城に撤退せよ!」
――無駄な抵抗とは、まさにこのことだ。
魔王城には城壁の一つもなく、完全に無防備である。あるのは平和な街だけだ。要塞としてはなんの役にも立たないが、魔王ヴィルヘルミナはその地で最後の抵抗を行うことに決めた。
○
若き勇者アドルフに率いられた大軍は魔王城に突入し、ついに魔王が座す玉座の間に到達した。
「クッ……魔王、様……」
玉座に座る魔王に見下ろされながら、オークの戦士に背中から斬りつけられたラウラは、魔王に向かって手を伸ばした。魔王もほとんど反射的に彼女へ手を伸ばしてしまったが、こんな距離では手が届くはずもない。
「ラウラ……すまない」
ボソリと呟いた言葉は誰にも届かず、ラウラはそれ以上動かなかった。
「さあ、魔王はすぐそこにいるぞ! 魔王を討ち取るのだ!」
最後の家臣も葬り、ついに魔王は一人ぼっち。しかし魔王は静かに座って戦いを眺めるばかりであった。その圧倒的な存在感に、兵士達は動けなくなってしまう。
「槍兵、魔王を討ち取れ!!」
「「おう!!」」
勇者が号令をかけ、数人の槍兵が魔王に攻撃を仕掛けた。六本の槍が一斉に魔王の胸に迫るが、魔王は寸前でその槍を切り落とした。ヴィルヘルミナの爪が剣のように伸び、槍を切断したのである。
「君たちのような雑兵に討ち取られるつもりはない。せっかくだし勇者様と一騎打ちをしたいんだが、どうかな?」
「いいだろう。皆、下がっていろ」
魔王ヴィルヘルミナと勇者アドルフはついに相対した。ここに至って魔王はようやく立ち上がった。
「人間は、私達から見たら極めて脆弱な生き物だ。有限の寿命しか持たず、すぐに死ぬ」
魔王は戦場に似つかわしくない神妙な面持ちで、そう語り出した。
「何が言いたい?」
「だからこそ人間は、集団として存続しようとする。言語、文化、思想、そうしたものを受け継ぐ集団を永続させようと、人間は試みるものだ」
「確かに、永遠に生きるお前達と短命種は違う。それがどうしたと?」
「だから私も、たまには他人に託してみようと思う。私個人が消えても、私の意思は残り続ける」
「魔王の意志など残すものか。そんなものごと、貴様をこの地上から滅する!」
「まったく、野蛮な奴だ。少しは魔王軍を見習って欲しいね」
「貴様らがそんなことを語れると?」
「まあいいや。掛かってくるといい、勇者アドルフ。その不死者を滅する剣で」
「言われなくても!」
勇者は剣を抜き、魔王へ斬りかかった。
最初の一撃は、魔王の爪に止められた。いや、それだけではなく、勇者の剣は簡単に折れてしまった。
「おやおや、どうする?」
「この程度!」
「なッ……」
勇者は折れた剣の残りで、魔王の胸を突き刺した。尖った先端が魔王の心臓を突き、魔王は糸が切れた傀儡のように力なく倒れた。
「魔王、討ち取ったり!!」
「「おう!!」」
勝鬨の声が盛大に上がる。ついに人類は魔王を討伐したのである。
○
「まったく……必要とは言え、柄にもない芝居を打つ羽目になったものだね、勇者様」
「……その芝居で、大勢の者が死んだ。その意思は、私が引き継ぐ」
「暫くは様子見させてもらうよ。それでも変わらなかったら、その時は――」




