第9話 やはり過渡期だなあ
地下試験棟、管制室。
大型モニターに試験ログが並んでいる。
接続値90%到達。
強制遮断。
被験体安定。
数値は整いすぎていた。
アインス・クラウスは指先で波形をなぞる。
「やっぱり器が足りないなあ」
背後で足音。
「器?」
振り返ると、黒い軍服。
ネスト・アーヴィン。
帝国第零機動隊《黒槍》。
アインスは軽く笑う。
「ちょうど良かった。例の個体と手合わせしてみない?」
ネストは無言でモニターを見る。
異常な安定値。
残響反応、極小。
「DC1stか」
「そ、研究所から来た兵器」
「人間だ」
即答だった。
アインスは肩をすくめる。
「どうせだから、人間の基準で測ってよ」
軽い口調。
だが目は逸らさない。
短い沈黙の後、ネストが言う。
「……いいだろう」
⸻
拡張演習区画。
新型量産試作機。
GRASP-06《ブレイバー》
接近戦特化型。
装甲軽量。
駆動強化。
武装は超振動切断刀と短銃のみ。
アインスが告げる。
「今日はブレイバーの挙動確認ね」
「接続値は10%固定でいこうか」
ルクが肩を回す。
「ぬるいな」
「量産前提だからねぇ、我慢して」
さらっと言う。
格納庫奥のハッチが開く。
黒いブレイバーが歩み出る。
ネスト搭乗。
ブレイバーを見上げ、そしてルクを見る。
「お前が例の個体か」
ルクは笑う。
「お相手は人間様かい」
空気がわずかに張る。
アインスが穏やかに割って入る。
「名目は機体試験。ケンカは後でやってくれる?」
レイは後方モニター席へ。
観測担当。
脳波形、残響反応、全記録。
⸻
接続開始
ルク 10%。
ネスト 10%。
同時に立ち上がる。
ブレイバーの挙動はほぼ同等。
開始信号。
踏み込み。
速い。
ルクが低姿勢から斬り込む。
ネストが受け流す。
火花。
間合いが詰まる。
超振動刃が交差する。
ルクは笑っている。
ネストは無言。
一歩の位置取り。
体幹の使い方。
切り返し。
「へぇ…早い」
ルクが呟く。
ネストは返さない。
一瞬の隙。
短銃。
ネストが撃つ。
ルク、捻る。
装甲を掠める。
反撃。
肩部をかすめる斬撃。
互角。
完全な互角。
10%でここまで動く。
⸻
モニター席。
レイの視線が波形へ落ちる。
ルク、安定。
揺れなし。
ネスト。
――微細な振幅。
残響反応。
「……残響反応?」
接続値10%。
それでも揺れている。
だが動きは乱れない。
むしろ鋭い。
ネストが踏み込む。
強烈な打ち合い。
鍔迫り合い。
コックピット越し。
ネストが初めて言う。
「兵器が笑うな」
ルクは歯を見せる。
「人間なら笑えよな」
その瞬間。
ネストの波形が僅かに揺れる。
だが刃は止まらない。
両機後退。
距離。
短銃、同時射撃。
装甲命中。
撃破判定、同時。
終了信号。
静寂。
⸻
ハッチが開く。
ルクが先に降りる。
ネストも続く。
視線が交差する。
「良いねえ」
ルクが言う。
ネストは短く。
「フン…」
それ以上はない。
黒槍の男は踵を返す。
迷いのない背中。
扉が閉まる。
⸻
モニター席。
レイはまだ波形を見ている。
「……10%で、揺れるのか」
アインスが隣に立つ。
「ネストくんは人間だよ」
柔らかく。
「でもまあ、ちょっと変わってる」
「揺れても壊れない。珍しいよね」
レイは画面から目を離さない。
残響に揺れながら、あの精度。
兵器ではない。
だが、完成している。
ルクが歩いてくる。
軽くレイの肩を叩く。
「次はお前だな」
レイは静かに言う。
「……構わない」
アインスがくすっと笑う。
そして手を軽く叩く。
「はい、今日はここまでにしようか」
空気がほどける。
「ブレイバーのログは回収。機体は冷却しておいて」
研究員が動き出す。
整備音が戻る。
演習区画の照明が一段落ちる。
今日の測定は終わり。
ルクはまだどこか楽しげで。
レイは波形を焼き付けるように見つめ。
ネストはもういない。
アインスだけが、小さく呟く。
「やはり、過渡期だなあ」
兵器も。
人間も。
まだ、途中。




