第79話 揺れていない
第2実験室。
既に清掃は終わっている。
血の痕も、弾痕も、ほとんど消えている。
だがネスト・アーヴィンは立ち止まる。
白い床。
白い壁。
無音。
「精神揺れによる誤射」
報告はそうなっている。
だが。
ネストは弾痕の位置を見る。
角度。
高さ。
距離。
混乱射撃ではない。
構え。
照準。
引き金。
正確すぎる。
揺れた者の射線ではない。
ネストは膝をつく。
床に残る微細な焼け跡。
「……揺れていない」
小さく呟く。
⸻
解体区画。
既に個体は炉へ送られている。
残っているのはログだけ。
ネストは端末を開く。
最終振幅。
0.02。
限りなくゼロ。
「異常なし」
揺れの記録はない。
ならば。
揺れたという報告は、嘘。
⸻
廊下。
新しいDC2ndが通る。
同じ顔。
同じ無表情。
「第零機動隊、次作戦時刻は?」
「0200」
単語だけ。
揺れなし。
ネストは確信する。
2ndは兵器だ。
揺れない。
揺れさせられない。
ルクとも違う。
レイとも違う。
ネストの脳裏に浮かぶ。
あの戦場。
白百合。
揺れていた。
迷っていた。
それは人間だ。
だが2ndは違う。
ならば。
揺れを理由に処分したのは、誰だ。
⸻
研究局。
アインスの扉の前で、ネストは立ち止まる。
入らない。
今は。
証拠がない。
だが理解している。
事故ではない。
処理だ。
⸻
夜。
基地の外。
風が低く鳴る。
ネストの端末が振動する。
任務通達。
第零機動隊隊長
指定ポイントへ単独移動
詳細は現地にて
短い。
簡潔。
ネストは応答する。
「受領」
黒槍が滑走路に出る。
GRASP-09《レナード》。
両腕に黒槍。
静かに加速する。
夜を裂き、指定ポイントへ。
廃棄区画の外れ。
照明は最低限。
静まり返っている。
レナードが減速。
そこで。
赤。
GRASP-Ω《アストラム》。
待っている。
無言。
通信もない。
違和感。
命令書には、赤鬼の名はない。
ネストは理解する。
これは任務ではない。
試験。
あるいは。
処理。
アストラムが動く。
何の合図もなく。
赤が突き出る。
一直線。
ネストの視界が研ぎ澄まされる。
「……なるほど」
黒槍が構えられる。
衝突寸前。
赤鬼は何も言わない。
夜は冷たい。
観測は終わり。
実証が始まる。




