第76話 フィーナ
共和国中央研究棟。
最終報告会。
スクリーンに映る波形。
60%。
安定。
再現性確認。
暴走なし。
精神崩壊なし。
上層部の一人が告げる。
「共有接続60%運用を正式認可する」
拍手。
安堵。
ユユが静かに息を吐く。
フィーネリアは、小さく目を閉じる。
レイは隣に立っている。
それだけで十分だった。
⸻
夜。
研究棟の一室。
簡素な祝宴。
笑い声。
「60%だぞ」
「歴史的だな」
「次は――」
冗談が飛ぶ。
フィーネリアは笑って否定する。
ユユは説明に捕まっている。
その喧騒から少し離れた壁際。
レイはそこに立っている。
グラスを持ったまま。
人の輪に入らない。
入れないのではなく。
入る理由が分からない。
「……にぎやかだ」
小さな声。
隣に影が立つ。
フィーネリア。
「ここにいた」
レイは視線だけ向ける。
「適切な距離だ」
「何から?」
「全てから」
フィーネリアは少し笑う。
「逃げてる?」
「違う」
一拍。
「分からない」
正直。
彼女は壁にもたれる。
自然と距離が近くなる。
「私も、ちょっと疲れた」
レイが言う。
「フィーネリアは、」
彼女は眉をひそめる。
「ねえ」
「フィーネリアってやめて」
レイが瞬きをする。
「なぜだ」
「長いし、堅いし」
少し照れた顔。
「フィーナでいいよ」
静寂。
レイは考える。
その呼称変更が、何を意味するのか。
「……フィーナ」
ぎこちない。
だが確かに発音する。
彼女が少しだけ嬉しそうに笑う。
「うん」
レイは視線を戻す。
部屋の中央。
人の輪。
笑い声。
「フィーナは嬉しいのか」
「うん」
即答。
「戦争が終わったわけじゃないけど」
「でも、前に進んだ感じがする」
レイは小さく呟く。
「……うるさくない」
「何が?」
「中が」
残響。
以前より遠い。
代わりにあるのは。
体温。
呼吸。
隣にいる存在。
フィーナが静かに言う。
「共有って」
「軽くなるって意味じゃないと思う」
レイが見る。
「重さが同じでも」
「一人じゃないってだけで、違うんだよ」
レイは考える。
言葉を探す。
「……悪くない」
フィーナが微笑む。
「それで十分」
遠くで小さな祝砲が鳴る。
戦場とは無関係の音。
共和国は今。
人が人を支えることを祝っている。
壁際。
二人は立っている。
少しだけ、近く。
その頃。
帝国では。
揺れない兵器が整列していた。
同じ戦争の中で。
温度は、まるで違っていた。




