第70話 未完成は美しい
帝国中央研究棟。
深夜。
照明は落とされ、
モニターだけが青白く光っている。
GRASP-Ω《アストラム》。
設計図が立体投影されている。
赤い機体。
通常設定上限:65%。
それ以上は、封鎖。
帝国軍上層部は明確に拒否している。
「暴走の危険性あり」
「精神崩壊域を超過」
「制御不能の可能性」
合理的な判断だ。
だが。
アインス・クラウスは端末に指を滑らせる。
「65%は安全圏」
「だが安全圏は退屈だ」
画面が切り替わる。
Ωシステム。
それは“出力拡張機構”ではない。
本質は別にある。
接続上限解除コード。
条件付き。
《使用者の明確な意思確認》
自動発動不可。
外部強制不可。
精神波形の自律的上昇と同期した場合のみ開放。
つまり。
ルクが自ら望まなければ、
100%へは到達できない。
アインスは眼鏡を押し上げる。
「兵器に意思は不要」
帝国はそう考える。
だからDC2ndを量産した。
揺れない。
迷わない。
20%固定。
完成品。
だが。
「未完成は、美しい」
アインスは呟く。
DC1st。
ルクとレイ。
実験的個体。
精神干渉を残した。
揺れる。
だから強い。
今、ルクは揺れない。
残響には。
だが。
喪失には反応する。
その“喪失”こそが鍵だ。
「Ωは出力装置ではない」
「選択装置だ」
ルクが自ら、
限界を越えたいと願うとき。
怒りか。
絶望か。
守るためか。
何かの意思を持ったとき。
その瞬間。
リミッターは外れる。
接続値は上昇する。
70。
80。
90。
そして。
100%。
LNS完全同化。
人間が精神の限界へ到達する。
アインスの目が細くなる。
「人間になって、完全な兵器になる」
矛盾。
だが真実。
兵器は命令で動く。
だが。
100%へ至るには、
命令では足りない。
意思がいる。
つまり。
人間でなければ到達できない。
「帝国は65%で満足する」
「私は違う」
戦争?
どうでもいい。
勝敗?
副次的。
彼の興味は一点。
“人間の限界”
ルクがΩを起動する日。
それは、
ルクが兵器であることを否定する日。
そして同時に、
最も強い兵器へと変貌する日。
アインスはデータを閉じる。
「焦らない」
「君はまだ、自分を兵器だと思っている」
モニターに映る赤い機体。
沈黙。
「だが、必ず来る」
喪失は消えない。
名は消えない。
レイ。
その存在が、
いずれルクを動かす。
その時。
Ωは開く。
「その日を、待っているよ」
静かな研究棟。
外では戦争が続いている。
だがここでは。
もっと危険な実験が、
密かに進んでいる。




