第7話 誰にも見せられないね
王城・私室。
灯りは落としている。
カーテンの隙間から月光が差し込む。
静かだ。
あまりにも静かで――
だから、聞こえる。
残響。
戦場では押し込められる声が、
夜になると輪郭を持つ。
撃墜の瞬間。
途切れた接続。
断絶。
叫び。
“やめて”
“まだ――”
“帰りたい”
フィーナは目を閉じる。
消えない。
消そうとしない。
それを選んだから。
「……っ」
喉が締まる。
呼吸が浅くなる。
胸の奥が重い。
戦闘中は違う。
接続値20%。
集中。
命令。
判断。
守る。
考える暇がない。
けれど今は違う。
何もしていない。
だから、全部が戻ってくる。
帝国の異常個体。
同じ20%。
なのに、負荷が低い。
「……どうして」
自分は苦しい。
同じ数値のはずなのに。
もし、本当に。
“人間じゃない”のだとしたら。
それは。
救いなのか。
それとも。
涙が滲む。
一筋、頬を伝う。
「……辛い」
初めて、声に出す。
王女ではない。
隊長でもない。
ただの17歳。
怖い。
苦しい。
それでも。
「受け止めるって、決めたのに」
否定はしない。
でも、重い。
もう一度、声が響く。
断末魔。
祈り。
憎しみ。
フィーナは耳を塞がない。
ただ、震える。
やがて、体を起こす。
眠れない。
ベッドから降りる。
薄い室内着の上に、白いコネクションスーツを着る。
深夜の訓練施設。
無人の訓練用REV。
乗り込む。
接続。
接続値――20%。
シミュレーション開始。
沈む。
仮想敵。
撃つ。
撃墜。
残響。
来る。
夜よりも鮮明に。
「……私は」
息を吐く。
「忘れない」
叫びが頭を打つ。
涙が浮かぶ。
それでも切らない。
撃つ。
受ける。
耐える。
撃つ。
受ける。
耐える。
やがて時間の感覚が曖昧になる。
疲労が蓄積する。
思考が鈍る。
波が、ゆっくりと遠のく。
残響が、静まる。
意識が沈む。
――朝。
訓練室に差し込む光。
訓練用REVの接続席。
中で、フィーナは眠っている。
コネクションスーツのまま。
接続は自動遮断されている。
涙の跡が頬に残っている。
その顔は、ひどく無防備だ。
訓練室の扉が、静かに開く。
「……やっぱり」
ユユ。
ログを見て、予想はしていた。
ゆっくりと機体に近づく。
コックピットの中を覗く。
眠っている。
震えた痕跡。
泣いた跡。
戦場では決して見せない顔。
ユユはしばらく何も言わない。
ただ見つめる。
それから、そっと呟く。
「まったく...こんなの誰にも見せられないね」
優しく。
責めない声で。
ハッチを完全には開けない。
起こさない。
そっと、外部アクセスを遮断する。
この弱さは、ここで止める。
王女の涙は、外には出さない。
「ちゃんと、生きてる証拠だよ」
小さく、そう言って。
ユユは背を向ける。
朝の光が、白い機体を照らす。
中で眠る少女を包むように。
夜は嘘をつかない。
けれど。
その夜を知っているのは、
たった一人でいい。




