第66話 おかしい
共和国研究区画。
ユユの研究室兼居室。
フィーナは頬を膨らませている。
完全に膨れている。
机の向こうではユユが端末を叩いている。
冷静。
「おかしい」
フィーナ。
「おかしくない」
ユユ。
「おかしい!」
「おかしくない」
「おかしい!」
ユユはようやく手を止める。
ため息。
「そんなに?」
フィーナが机を叩く。
「だって…なんで…」
「なんでレイがユユの部屋に住むのよ!」
ユユは真顔。
「私の管理下だから」
「カメラもついてるし」
「私の部屋、無駄に広いし」
「生活観察もできる」
「合理的」
フィーナは言葉に詰まる。
「なん…」
ユユが追撃。
「お姫様の私室に置くわけにもいかないでしょ」
正論。
フィーナは拳を握る。
「いや、そうじゃなくて」
「なんでユユと一緒なの!」
ユユは目を細める。
「はぁ……」
わざとらしく。
「そんなに気に入ったの?青鬼くん」
フィーナの顔が一瞬で赤くなる。
「……そういうんじゃ!」
「はいはい」
ユユは立ち上がる。
「それじゃ、フィーナもうちにくれば」
フィーナが固まる。
「……え?」
「実際困ってたんだよね」
ユユは淡々と続ける。
「青鬼くん寝ないからさ」
「夜、ずっと起きてる」
「“うるさい”って」
フィーナの目が揺れる。
「でもフィーナの傍なら寝れるらしいんでしょ?」
「体調が実験に影響するのは不本意だし」
合理的。
研究者の顔。
フィーナは視線を泳がせる。
「きょ、共有実験の為だもん、仕方ないよね」
小さい声。
ユユは深くため息。
「……はぁ、めんどくさい子」
⸻
同時刻。
実験室。
白い部屋。
レイは接続席に座っている。
白いコネクションスーツ。
表示:接続値 35%。
安定。
研究員の声。
「40へ上げます」
波形が揺れる。
だが崩れない。
レイは目を閉じている。
うるさい。
だが耐えられる。
「終了」
接続解除。
レイは静かに立ち上がる。
扉が開く。
フィーナとユユが入ってくる。
フィーナはまだ少し不機嫌。
「レイ」
レイが振り向く。
「何だ」
フィーナは言い淀む。
「今日から、その……」
ユユが代わりに言う。
「同居人が増えます」
レイは瞬き。
「問題ない」
即答。
フィーナがむっとする。
「ちょっとは驚いてよ」
レイは首を傾げる。
「なぜだ」
ユユが肩をすくめる。
「ほらね」
⸻
夜。
ユユの部屋。
無駄に広い。
簡素。
ベッドは一つ。
ソファと床スペース。
フィーナは落ち着かない。
「ほんとにここでいいの?」
ユユは端末を並べる。
「私は徹夜だから平気」
「二人でベッド使えばー?」
さらっと言う。
フィーナが固まる。
「な……」
レイは窓のない壁を見ている。
「配置はどこでもいい」
フィーナが睨む。
「人間らしい反応して」
レイは数秒考える。
「……努力する」
フィーナは吹き出す。
ユユは小さく笑う。
「はいはい、じゃあ私は作業」
「二人で実験結果のフィードバックでもしてて」
ユユは床に胡座をかき、
複数端末を同時操作。
残された二人。
微妙な距離。
フィーナが言う。
「今日、40%いけたんだって?」
「ああ」
「怖くなかった?」
レイは考える。
「共有時ほどではない」
フィーナの胸が少し温かくなる。
「……またやるよ?」
「共有」
レイは頷く。
「必要なら」
一拍。
「重いが」
「一人より、うるさくない」
フィーナは笑う。
「でしょ」
沈黙。
ユユのキーボード音だけが響く。
レイが小さく言う。
「……今日は、静かだ」
フィーナがちらりと見る。
「私がいるから?」
レイは少しだけ考える。
「多分」
フィーナの顔が赤くなる。
ユユが横から。
「はいはい、実験成功例ね」
フィーナが抗議。
「ちがっ」
だが。
その夜。
レイは壁を見続けなかった。
フィーナも、
完全には眠れなかったが、
少しだけ安心していた。
共有は、
実験室だけではない。
部屋の中でも、
始まっている。




