第6話 戦わない象徴に、意味はありません
円卓会議室。
重厚な扉が閉じる。
視線が一斉に集まる。
フィーネリア・ルミナリア。
共和国の王女。
そしてREV第1部隊隊長。
彼女はドレスではない。
濃紺の軍服を纏い、背筋を伸ばして立っている。
「姫殿下が前線に立つ必要はありません」
「あなたは象徴です」
「希望であるべきだ」
穏やかな声。
だが、その奥にあるのは恐れだ。
――王女が撃墜を重ねることへの。
フィーナは静かに答える。
「REV第1部隊は、私が率いるのが最適です」
「同調安定率、戦術適応、戦果。全て基準値を上回っています」
「それでもだ」
老議員が言う。
「王女が人を撃つ姿を、国民はどう受け止める?」
一瞬の沈黙。
フィーナは視線を逸らさない。
「戦わない象徴に、意味はありません」
空気が凍る。
「私は王女である前に、接続者です」
静かな声。
だが、揺れない。
会議は結論を出さぬまま散会した。
⸻
接続訓練室。
白いREVのコックピット。
日課。
接続値――25%。
沈む。
仮想敵。
射撃。
撃墜。
残響。
濃い。
20%よりも鮮明。
感情が、輪郭を持って押し寄せる。
恐怖。
怒り。
後悔。
未練。
「……っ」
呼吸が乱れる。
だが、切らない。
否定しない。
それを選んだ。
「戻れ」
自我を掴む。
波を押し返す。
25%維持。
シミュレーション終了。
ハッチが開く。
白いコネクションスーツのまま、息を整える。
「今日も無茶するなあ」
壁にもたれていた少女が言う。
ユユ。
17歳。共和国REV開発局主任技術士。
そして、フィーナの唯一の友人。
「まったく、25%安定維持シミュレーションなんてやると思わなかったよ」
「やれるから」
「やれるのと、やっていいのは違う」
ユユはタブレットを操作しながら、ふと視線を上げる。
「ねえ、フィーナ」
「なに?」
「帝国に、ちょっと変な個体がいるらしい」
フィーナの動きが止まる。
「変?」
「接続値20%。安定。しかも残響の影響が極端に低い」
沈黙。
「……20%?」
それは、自分と同じ数値。
戦闘時の自分。
重くて、苦しくて、でも耐えられる限界。
「同じ数値なのに、負荷が軽いってさ」
フィーナはゆっくりと言う。
「……すごい、のかもしれない」
「うん」
「でも」
視線が落ちる。
「同じ20%なら、分かるはず」
残響の重さ。
命の痕跡。
あの苦しさ。
「それが低いって……どういうこと?」
ユユは少し考えるふりをして、
にやっと笑う。
「人間じゃない、とかね?」
軽い口調。
冗談のように。
フィーナは、はっと顔を上げる。
その可能性を、一瞬だけ本気で想像してしまう。
「……そんなわけ」
言い切れない。
自分もまた、人間の限界に足をかけているから。
沈黙が落ちる。
フィーナはまだ考えようとする。
違和感の正体を掴もうとする。
だが。
ぱん、と手を叩く音。
「はい、この話終わり!」
「……え?」
思考が、途中で切られる。
まだ続きがあった。
まだ整理していない。
フィーナはぽかんとする。
「今日はこれ以上、戦争禁止」
当然のように言うユユ。
数秒、言葉が出ない。
「……うぅん」
小さく呟く。
ユユは得意げに笑う。
「技術士の特権」
⸻
王都の街。
屋台の匂い。
笑い声。
制服姿の学生たち。
ユユが菓子を二つ買う。
「ほら」
「ありがとう」
甘い。
思わず目を細める。
「そんな顔、戦場じゃしないよね」
「するわけないでしょ」
店先に並ぶ服。
淡い色のワンピース。
フィーナは少し見つめる。
「似合うと思うけど?」
「私、着る時間あるかな」
「作ればいいよ」
即答。
「フィーナは王女でREV部隊長だけど」
少しだけ柔らかく。
「ただの17歳でもあるんだから」
風が吹く。
フィーナはゆっくり息を吸う。
さっきの“20%”が、頭の奥で微かに残っている。
けれど今は、考えない。
今は。
「……うん」
笑う。
戦場では見せない、素直な笑顔。
その瞬間だけは、
残響も、帝国も、異常個体もない。
ただの少女。
ユユは満足そうに頷く。
「よし。今日は合格」
「なにが?」
「フィーナが生きてるから」
夕暮れが王都を染める。
白百合でも、血染めの王女でもない。
ただのフィーナとして。




