第41話 まずいって言って欲しかったな
冷たい光が差し込む。
地下空洞の裂け目から、朝日が細く伸びる。
フィーナはゆっくり目を開ける。
硬い感触。
温度。
――肩。
男の肩。
昨夜の記憶が一気に戻る。
自分から寄りかかった。
無意識で。
胸が、ほんの少し跳ねる。
慌てて離れる。
「……ごめん」
声が小さくなる。
レイは静かに言う。
「問題ない」
変わらない声。
怒ってもいない。
困ってもいない。
“普通”だ。
それに、少し安心する。
でも。
ほんの少しだけ、寂しい。
⸻
携行パックを開く。
非常用栄養片。
昨夜は緊張で忘れていた。
「これ、最後」
半分に割る。
一つを差し出す。
「半分ずつね」
レイは受け取らない。
「お前のものだ」
フィーナは小さく息を吐く。
「今は同じ場所にいるでしょ」
少しだけ強く押し付ける。
レイが受け取る。
小さなことなのに、胸が温かい。
誰かと分ける。
それは戦場ではあまりない。
レイが噛む。
「変な味でしょ」
「効率的だ」
フィーナは苦笑する。
「まずいって言ってほしかったな」
言ってから思う。
どうしてそんなことを期待しているのか。
レイは兵器。
効率が基準。
それでも。
“まずい”と言ってほしかった。
人間みたいに。
⸻
再び探索。
足場は崩れやすい。
体が重い。
昨夜、泣いたことを思い出す。
きっと聞かれていた。
恥ずかしい。
雑念。
一歩。
石が崩れる。
視界が傾く。
落ちる。
その瞬間。
腕が掴まれる。
強い。
確実に。
引き戻される。
レイ。
距離が近い。
顔が、近い。
心臓が跳ねる。
「……気をつけろ」
低い声。
迷いがない。
守る動き。
命令ではない。
判断。
フィーナは息を整える。
「ありがとう」
少し声が震える。
レイは手を離す。
「足場が脆い」
それだけ。
だが。
掴まれた腕が、まだ温かい。
フィーナは気づく。
彼は。
ただの兵器ではない。
落ちる、と判断して。
助けた。
自分で。
それが嬉しい。
でも言わない。
少しだけ前を歩く。
守られたことを、隠すみたいに。
⸻
そのとき。
上方から声。
「おい、そこで何をしている!」
鋭い。
地下空洞に響く。
フィーナの背筋が伸びる。
レイも距離を取る。
裂け目の上に、複数の影。
黒と金の紋章。
カルネア交易連邦。
兵士が降下する。
動きは統制され、無駄がない。
包囲は早い。
中央に、一人。
黒い外套。
金の紋章。
表情は硬い。
視線は冷たい。
「いい、武装を解除しろ」
命令口調。
感情はない。
レイは動かない。
フィーナも同様。
男が一歩進む。
「DC1st レイ・セルド」
断定。
レイの瞳がわずかに揺れる。
「そして」
「ルミナリア共和国王女、フィーネリア・ルミナリア姫」
正確な呼称。
フィーナの背筋がさらに伸びる。
夜の少女ではない。
王女に戻る。
レイと視線が交差する。
「レイ…」
初めて、青鬼の名を呼ぶ。
レイは、声に出さない。
男は頷く。
「両名を確認」
部下へ告げる。
「本件は連邦管理下に置く」
それは宣言。
相談ではない。
兵士たちが距離を詰める。
逃げ場はない。
男が最後に言う。
「抵抗は推奨しない」
冷たいが、怒鳴らない。
ただ事実を述べる。
「貴殿らは、連邦にとって重要な資産だ」
資産。
その言葉が落ちる。
フィーナの胸が冷える。
レイの拳が、わずかに握られる。
朝の光が広がる。
地下の夜は終わる。
二人だけの時間も、終わる。
世界が戻ってくる。
帝国も。
共和国も。
そして。
カルネアも。




