第40話 俺は人間なのか
肩越しの問い
月光は細い。
地下空洞は冷える。
フィーナは岩壁に背を預けたまま、目を閉じている。
「先に寝て」
そう言ったのは彼女だ。
「警戒は任せる」
レイは頷いた。
眠らない。
それは命令ではない。
習慣だ。
敵地。
通信不能。
状況不明。
眠る理由がない。
⸻
時間が過ぎる。
水音だけが響く。
フィーナの呼吸は浅い。
やがて、わずかに乱れる。
眉が寄る。
指が、ぎゅっと握られる。
「……やめて」
小さな声。
レイの視線が動く。
「……ごめんなさい」
震える。
「撃たないで……」
レイは立ち上がる。
近づく。
隣に座る。
肩が触れそうな距離。
「白百合」
小さく呼ぶ。
「どうした」
フィーナの瞼が震える。
涙が一筋、頬を伝う。
「……違う……」
「守れなかった……」
レイは理解できない。
残響。
夢の中でも、鳴るのか。
「おい」
声を少し強める。
フィーナが目を開ける。
焦点が合わない。
数秒。
そして現実を認識する。
「……あ」
レイが近い。
距離がない。
「……うるさかった?」
掠れた声。
レイは首を振る。
「呼吸が乱れていた」
事実だけを言う。
フィーナは目を拭う。
「ごめん」
「大丈夫」
その言葉に、少しだけ救われる。
「残響、ひどいんだ」
フィーナは小さく笑う。
「寝てると、逃げ場ないから」
レイは黙る。
逃げ場。
その概念が、まだ曖昧だ。
「寝ないの?」
フィーナが聞く。
「必要ない」
即答。
フィーナは少し呆れる。
「身体もたないよ」
レイは何も言わない。
⸻
沈黙が落ちる。
フィーナは眠気が戻らない。
「ねえ」
小さく言う。
「私ね、小さい頃」
唐突に話し始める。
「少しやんちゃでさ」
「庭でよく転んでた」
レイは聞いている。
「ドレス着て走るから」
「毎回怒られて」
少し笑う。
「でもまた走るの」
レイは理解できないが、遮らない。
「転ぶとね、痛いけど」
「立てるでしょ」
月光が揺れる。
「残響も似てる」
「痛いけど」
「立てる」
レイはゆっくり言う。
「痛いのに、立つのか」
「うん」
「人間はみんなそう」
軽く言う。
重く言わない。
フィーナの声はだんだん小さくなる。
眠気が戻る。
「……眠れそうか?」
レイが聞く。
「...うん、落ち着いた」
フィーナは答える。
そして。
無意識に。
レイの肩に、頭を預ける。
ぴたりと。
体温が伝わる。
レイは動かない。
拒まない。
数秒。
フィーナの呼吸が整う。
眠った。
完全に。
レイは月光を見る。
肩に重み。
温度。
鼓動。
こんな距離で人と触れたことはない。
残響はまだ鳴っている。
だが。
さっきより、静かだ。
レイは小さく呟く。
「……俺は」
一拍。
眠るフィーナを見る。
「俺は、人間なのか」
答えはない。
月光だけが揺れる。
レイは目を閉じない。
朝が来るまで。
肩越しに、問いを抱えたまま。
第40話まで読んでいただきありがとうございます!
人間の定義ってなんなんでしょうね?




