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第39話 私も慣れないよ

月光が差す空間。


地下水が溜まった浅い窪み。


フィーナはスーツの首元を引っ張る。


「……最悪」


汗が冷えて気持ち悪い。


レイが周囲を見渡す。


「奥を確認してくる」


フィーナは頷く。


「崩れそうなところあったら戻ってね」


レイは無言で歩き去る。


足音が遠ざかる。


完全に聞こえなくなる。


静寂。


フィーナは大きく息を吐く。


「……よし」


スーツのジッパーを下ろす。


布が肌から離れる。


月光が白い肌を照らす。


冷たい水をすくい、肩にかける。


息が震える。


「つめた……っ」


でも気持ちいい。


緊張が、少しだけ抜ける。


スーツを脱ぎ、岩に広げる。


水にゆっくりと浸かる。


胸まで沈める。


目を閉じる。


――少しだけ、普通。


そのとき。


足音。


フィーナの目が開く。


振り向く。


そこに、レイ。


戻ってきていた。


何事もない顔で、少し離れた岩に腰を下ろす。


そして。


静かに、こちらを見ている。


数秒。


理解が追いつかない。


フィーナの顔が一気に赤くなる。


「……ちょ、ちょっと!!」


慌てて水に肩まで深く沈む。


胸元を隠す。


「戻ってくるなら言ってよ!」


レイは首を傾げる。


「確認は終わった、特に問題はない」


真顔。


「それは聞いてない!」


フィーナは腕で必死に体を隠す。


水面が揺れる。


レイはただ見ている。


視線は冷静。


分析でも欲望でもない。


ただ、見ている。


「……な、何」


フィーナが睨む。


レイは数秒考える。


「何も」


フィーナは言葉を失う。


「何も...?」


レイは頷く。


真面目だ。


本気だ。


フィーナは一瞬ぽかんとする。


そして、脱力する。


「……ほんとに」


小さく笑う。


「何も感じないの?」


レイはすぐには答えない。


考えている。


「分からない」


「今はただ、見ているだけだ」


フィーナは息を吐く。


呆れ半分。


安堵半分。


「……そっか」


水面に指を落とす。


「もし変な目で見てたら」


レイを見る。


「流石に撃ってたよ?」


レイは自然と僅かに微笑む。


「撃つ理由ができるからな」


本気でそう思っている。


フィーナは小さく笑う。


「うん」


数秒の沈黙。


水音だけ。


フィーナは少しだけ真面目な声で言う。


「でも」


レイを見る。


「よかった」


「...あなたが普通で」


レイは問い返さない。


その言葉の意味を、まだ完全には理解していない。


フィーナは水から上がる。


「ちょっと、変だけどね」


濡れたスーツを身につける。


冷たい布が肌に張り付く。


レイは視線を逸らさない。


だが、何も言わない。


それが逆に、穏やかだ。


二人は再び月光の下に座る。


距離はまだある。


でも。


近くなった。


レイが小さく言う。


「……まだ、うるさい」


フィーナは微笑む。


「私も慣れないよ」


「残響」


夜は続く。


戦場の底で。


二人だけの、静かな時間。

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