第38話 あなたが人間だったから
地下空洞は広い。
だが、出口は見えない。
二人は距離を保ったまま歩いている。
並ばない。
背中も見せない。
戦場の音は、もう届かない。
⸻
水音。
細い地下水脈が岩肌を伝う。
フィーナはしゃがみ、指先で触れる。
冷たい。
「……よかった、生きてる」
小さく呟く。
レイは水面を見る。
揺れている。
映るのは、自分と白いスーツ。
「……うるさい」
フィーナが振り向く。
「また?」
レイはこめかみに触れる。
「消えない」
「戦闘中より、濃いな」
その言葉に、フィーナの胸がわずかに跳ねる。
50%。
あの出力で動いていた男が。
残響を、うるさいと言った。
驚き。
そして。
ほっとする。
「……そっか」
それだけ返す。
大げさにしない。
でも声は、少し柔らかい。
「残響は、うるさいよ」
レイは何も言わない。
フィーナは立ち上がる。
「戦ってるときは外に向いてる」
「止まると、自分に返ってくる」
レイは理解しきれない顔をする。
フィーナは少し困ったように笑う。
「うまく言えないけど」
「私たち接続者はそれが、普通だよ」
普通。
その言葉が、静かに落ちる。
レイは目を伏せる。
⸻
奥へ進む。
裂け目は狭い。
抜け道はまだ見つからない。
「……三日」
レイが言う。
「水だけなら三日持つ」
フィーナは横目で見る。
「計算?」
「習慣だ」
淡々。
フィーナは少し笑う。
「まるで機械だね」
レイは否定しない。
⸻
僅かに月光が差す空間。
二人は距離を取って座る。
沈黙。
フィーナが先に口を開く。
「あなた、うるさいって言ったよね」
レイは間を置いて返す。
「...壊れる気がする」
「今までの俺が」
フィーナは少し考える。
すぐに否定しない。
説教もしない。
「壊れないよ」
静かに言う。
「きっと変わるだけ」
レイは黙る。
フィーナは続ける。
「変わるの、怖いよね」
「私も怖い」
月光が揺れる。
「でもね」
フィーナはレイを見る。
「あなたが壊れそうなら」
一拍。
「私が止める」
強くはない。
でも真っ直ぐ。
レイは目を上げる。
「なぜ」
フィーナは少しだけ困った顔をする。
「分かんない」
正直に言う。
「でも」
「あなたがうるさいって言ったとき」
ほんの少し、笑う。
「安心した」
レイの瞳が揺れる。
「あなたが人間だったから」
それだけ。
助けたい、と言わない。
守る、とも言わない。
ただ、隣に立つ前提で話す。
レイは何も言えない。
残響は消えない。
でも。
さっきより、少しだけ、痛みが薄い。
夜は深まる。
距離はまだある。
だが。
確実に縮み始めていた。




