第37話 うるさい
静寂。
崩落の粉塵が、ゆっくりと落ちていく。
地下空洞は広い。
天井は高く、裂けた地層の向こうに細い光が見える。
だが届かない。
フィーナは白いスーツのまま立ち上がる。
エレジア前席は横倒しのまま沈黙している。
後席、ユユは崩落上部に残された。
「……ユユ」
無事だろうか。
返事はない。
胸が締め付けられる。
向こう側。
青い機体。
GRASP-β《オルクス》。
ハッチが開く。
レイが降りる。
青いリンクスーツ。
足取りは安定している。
互いの距離、およそ十五メートル。
十分に撃てる距離。
レイは腰の短銃を抜く。
銃口が、上がる。
真っ直ぐ。
フィーナへ。
フィーナは動かない。
腰の短銃に手を添えるだけ。
だが構えない。
向けない。
ただ、立つ。
静かな対峙。
地下空洞の空気は冷たい。
「撃たないの?」
フィーナが言う。
レイは答えない。
銃口は下がらない。
数秒。
やがて、レイが口を開く。
「答えを聞くまで、撃つ気は無い」
フィーナは瞬きをする。
「答え?」
「消えない音」
レイの指が、僅かに震える。
「何を感じるのか」
フィーナは、少し息を吐く。
「声じゃなくて?」
レイは即答する。
「違う」
銃口は、まだ向いている。
だが引き金は引かれない。
フィーナは短銃から手を離す。
両手を見せる。
「私は撃たない」
「ここでは」
レイは銃を向けたまま、問う。
「なぜだ」
「今あなたを撃つ理由がないから」
「撃っても、何も変わらない」
即答。
「あなたを撃てば戦争は終わる?」
首を振る。
「違う」
地下空洞の奥で、水滴が落ちる音。
戦場の音は、もう聞こえない。
レイの銃口が、わずかに下がる。
完全には下がらない。
だが、狙いは外れる。
「通信は」
レイが言う。
「死んでる」
フィーナが答える。
「上も、見えない」
二人は同時に上を見る。
崩落で塞がれた裂け目。
薄い光。
遠い。
レイが言う。
「機体の出力は」
「それも死んでる」
兵器としての確認。
それが、最初の共同作業。
フィーナが一歩踏み出す。
レイの銃が僅かに動く。
だが止まる。
「脱出口を探さない?」
フィーナが言う。
「このまま睨み合ってても埒が明かないでしょ?」
レイは数秒考える。
銃を、ゆっくりと下げる。
完全に。
ホルスターへ戻す。
「...分かった、同行しよう」
それは命令ではない。
選択。
二人は、並ばない。
少し距離を取って歩く。
地下空洞の奥へ。
足音が重なる。
そのとき。
レイが小さく言う。
「……うるさい」
フィーナが振り向く。
「え?」
レイは答えない。
だが確かに、
何かが、以前より濃い。
残響が響く。
音ではない何かが、胸の奥で揺れる。




