第34話 守るからだ
帝国前線基地。
格納区画。
赤と青。
GRASP-α《アストラ》。
GRASP-β《オルクス》。
整備アームがゆっくりと機体を固定する。
ハッチが開く。
先に降りたのはルク。
リンクスーツの手首ラッチを乱暴に外し、指を鳴らす。
関節がまだ戦闘姿勢を覚えている。
体幹は真っ直ぐ。
重心は前。
地面を“滑走路”として踏んでいる。
整備士が呆れたように言う。
「出力安定。損傷軽微」
ルクは肩を回す。
「ネストのやつ、腕持ってかれたらしいな」
言い方は軽い。
だが視線は、まだ戦場の方向にある。
遅れてレイが降りる。
リンクスーツの首元に触れ、接続リングを静かに緩める。
呼吸が、まだ機体と同期している。
数秒遅れて、自分の鼓動へ戻る。
視界の端に、消えない照準円の残像。
瞬きをしても、消えない。
何も言わない。
⸻
地下解析室。
照明を落とした空間。
三人。
ルク。
レイ。
アインス・クラウス。
戦闘ログが立体投影される。
夜の平原。
白と黒。
「ほう……」
アインスが指で波形を拡大する。
「35%分散」
主25%。副10%。
滑らかだが、確かに揺れている。
「面白い設計だ。考えもしなかったね」
ルクは腕を組む。
さっきまで戦闘姿勢だった体が、ようやく緩む。
「こいつ、あの時の白百合だろ」
映像の白が黒槍を押し返す。
「いい動きだが……」
アインスが続ける。
「決められた瞬間はあった」
「でも止めた」
ルクが鼻で笑う。
「相変わらず甘ぇな」
けれどその声に敵意はない。
レイは黙っている。
映像がスローになる。
黒槍の腕が断たれる瞬間。
その前。
白が、ほんの一瞬、止まる。
その“間”。
レイの指がわずかに動く。
まだ機体のトリガーを握っている感覚が抜けない。
「……」
アインスが横目で見る。
「気になるかい?」
レイは再生を巻き戻す。
白百合の波形。
揺れ。
迷い。
そして決断。
「なぜ詰めない」
ルクが言う。
レイは画面を見たまま答える。
「守るからだ」
ルクの視線が向く。
「何だ?」
レイは、ゆっくり言う。
「彼女は人間を――」
一拍。
「人間であることを守るために立っている」
静寂。
アインスが柔らかく笑う。
「美しい限りだ」
レイの喉が、わずかに動く。
“あなたはこの声に何を感じるの”
あの問いが、また浮かぶ。
リンクスーツの神経ラインに、微かな痺れ。
自分の波形を開く。
30%。
微細な振幅。
消えていない。
アインスが続ける。
「興味深いのはここだ」
エレジアの分散曲線。
「負荷を分け合う」
「35%を二人で」
「帝国と思想が真逆だ」
ルクが笑う。
「面倒くせぇ」
「俺らは一人でいい」
アインスが柔らかく言う。
「キミはそうだろうね」
沈黙。
レイは白百合のログを閉じない。
白は揺れながら、止まらなかった。
自分は。
止まらないのか。
止まれないのか。
ルクがレイの肩を軽く叩く。
まだ戦闘姿勢の硬さが残っている。
「気にすんな」
「白百合は白百合」
「俺たちは俺たちだ」
レイは小さく息を吐く。
視界の残像が、ようやく消える。
だが問いは消えない。
アインスが呟く。
「人間の限界値を、足し算で越すか……」
照明が落ちる。
観測は続いている。
白百合は、確実に彼らの内部へ入り込んでいた。




