第33話 いいんだよ
黒槍は、強い。
分かっていた。
数値はこちらが上。
主25%。副5%。合計30%。
エレジアの応答は鋭い。
分散機構は正常。
出力も問題ない。
それでも。
黒槍の間合いが、常に半歩深い。
――戦闘技術。
突きの角度。
踏み込みの重心。
刃の引き際。
黒槍は、迷いがない。
こちらは、ある。
揺れながら立っている。
槍が振るわれる。
受ける。
弾く。
踏み込む。
届かない。
振動が骨まで伝わる。
残響が重なる。
胸が締め付けられる。
このまま停滞すれば。
高接続側が先に崩れる。
それは理論上も分かっている。
エレジアは30%。
ルーヴは18%。
負荷は、こちらが大きい。
黒槍が横薙ぎに走る。
ギリギリで受け止める。
衝撃。
視界がわずかに揺れる。
――決められない。
落とせない。
焦りが、ほんの少し混ざる。
その瞬間。
後席の波形が跳ねる。
副接続:10%。
「ユユ……!」
言いかけて、止める。
後席から荒い呼吸。
震えが伝わる。
それでも、波形は落ちない。
――信じる。
今は、信じる。
黒槍が突き出される。
正面。
避けない。
エレジアが踏み込む。
機体の応答が、一段鋭くなる。
分散機構が追いつく。
負荷が、分け合われる。
ユユの苦しさが流れ込む。
涙の熱。
それでも、接続は維持。
白い刃が滑る。
黒槍の軌道をずらす。
一手。
ネストの反応が、わずかに遅れる。
18%。
限界へ近づいている。
今。
二刀が交差する。
片側の振動刃が、ルーヴの右腕を捉える。
帝国の黒き槍。
斬断。
火花。
黒い槍が地面に転がる。
戦場が一瞬、止まる。
ネストが大きく後退する。
間合いを切る。
追える。
エレジアはまだ動ける。
だが。
フィーナは戦場全体を見る。
遠方。
共和国機も、帝国機も、損傷多数。
疲弊。
弾薬残量低下。
消耗戦。
これ以上は。
守るべきものが減る。
ネストも止まっている。
黒槍のないルーヴ。
だが、立っている。
数秒。
沈黙。
通信が割り込む。
「両軍、後退の兆候!」
命令が飛び交う。
帝国側が引く。
共和国も深追いしない。
白と黒は、距離を保ったまま離れていく。
エレジアが減速する。
呼吸が荒い。
「……落とせなかった」
呟き。
悔しさが滲む。
後席。
ユユの声は震えている。
「いいんだよ」
小さいけれど、はっきり。
「落とさなくて」
フィーナは目を閉じる。
「でも……」
「残響なんて、増えない方がいいんだから」
静かに落ちる言葉。
フィーナは、はっとする。
いつの間にか。
“倒すこと”が目的になっていた。
勝つこと。
落とすこと。
違う。
守ること。
それが、自分の戦いだった。
フィーナはゆっくり息を吐く。
「……そうだよね」
ユユの波形が揺れている。
限界に近い。
それでも、壊れていない。
「ありがとう」
前席から、後席へ。
ユユは小さく笑う。
「帰ろう」
エレジアが帰投する。
白い装甲に残る傷。
黒槍もまた、立っている。
白と黒は折れない。
決着はつかなかった。
だが。
守れた命がある。
それでいい。
今は、それでいい。




