第31話 正面から
帝国前線指揮所。
会議室。
壁面に戦域図。
赤い線で引かれた侵攻ルート。
補給線。
橋梁。
夜間進軍の想定速度。
帝国第零機動隊《黒槍》がそこにいる。
ネスト・アーヴィンは無言で立っていた。
視線は地図の一点に固定されている。
副官が淡々と告げる。
「侵攻開始は〇二〇〇」
「主攻は第零機動隊。先行して要衝を断つ」
「共和国のREV部隊は分断、各個撃破」
重い沈黙。
隊員の一人が言う。
「例の白百合は出るか」
誰も笑わない。
映像が一瞬、投影される。
白い新型――REV-IV。
接続率推定、最大35%。
副官が続ける。
「共和国は新型を前に出す可能性が高い」
「詳細不明」
「機体性能は、通常GRASPを上回り、こちらのルーヴ以上と推定」
ネストは短く言う。
「白百合は来る」
断定。
理由は語らない。
副官が頷く。
「想定通りです」
「対処は――」
ネストは地図から目を逸らさない。
「正面からだ」
それだけ。
誰も反論しない。
第零機動隊が動くとき、作戦は削ぎ落とされる。
副官が最後の確認を投げる。
「接続値は通常通り15%で?」
一瞬。
ネストの指が、無意識に握られる。
――揺れで分かる。
白百合は人間だ。
揺れながら立つ、人間の異常。
ネストは答えない。
代わりに、命令が落ちる。
「各機、最終整備へ」
「出撃準備」
椅子が鳴り、隊員が散る。
ネストだけが残る。
地図の上。
交戦予測地点。
夜の広い平原。
そこに、白が立つ未来が見える。
「……もう少し先へ」
呟きは、誰にも聞かれない。
⸻
ルミナリア共和国。
王都近郊、統合作戦室。
白い照明。
壁には帝国軍の移動推定図。
フィーネリア・ルミナリアは軍服のまま立っている。
隣にユユ。
端末を抱え、技術士の顔で状況を追っている。
参謀が言う。
「帝国第零機動隊が動きます」
「侵攻の主軸。先行して要衝を断つ形」
「――つまり、正面から来ます」
フィーナは頷く。
「ならこちらも」
参謀が目を細める。
「正面から受ける、と?」
「私たちが止める」
声は強い。
だが荒れてはいない。
ユユが横で、わずかに息を吸う。
参謀が続ける。
「エレジアを前に出します」
「接続率は?」
フィーナが答える。
「25%」
参謀の視線がユユへ移る。
ユユは一拍置いて言う。
「私は5%。合計30%です」
室内がわずかに静まる。
小さい数字ではない。
“技術士が前に出る”という事実の重さ。
参謀が言う。
「危険です」
「承知の上です」
ユユは即答する。
フィーナはユユを見ないまま言う。
「私が操縦します」
「ユユ技術士は受けるだけ」
参謀が最後に告げる。
「対象は第零機動隊。帝国最強の部隊です」
「こちらは新型、実戦はまだ浅い」
フィーナは静かに言う。
「それでも行くしかない」
「メイルでは黒槍に対抗できない」
白百合は折れない。
作戦室の空気が締まる。
「出撃準備」
命令が落ちる。
⸻
帝国側、格納区画。
GRASP-05《ルーヴ》の前。
黒槍が固定具に収まっている。
整備員が言う。
「最終整備、完了です」
ネストは搭乗梯子に手をかける。
止まる。
そして管制端末を見る。
接続設定。
通常:15%。
指が動く。
18%
警告表示。
許容範囲。
だが余裕ではない。
副官が気づく。
「隊長、18ですか」
ネストは振り向かない。
「問題ない」
短い声。
「出る」
コックピットが閉まる。
視界が暗転。
意識が深く沈む。
接続開始。
黒槍が、静かに立ち上がる。
その夜。
帝国は侵攻を開始する。
白百合が迎え撃つことを知りながら。
そしてネストは、
“先”へ行く。




