第21話 人間を知らない人間だ
帝国GRASP特別開発区画。
白い壁。
整然と並ぶデータパネル。
静まり返った空間の中央に、三次元投影が浮かんでいる。
GRASP-06 量産仕様。
外装簡略化。
駆動系安定化。
神経伝達補正低減型。
ネスト・アーヴィンは腕を組んで立っている。
「これを第零に回す気か」
低く、静かな声。
アインス・クラウスは端末を操作しながら答える。
「候補だよ」
「君の部隊は近接戦特化だろう?」
「ブレイバーは相性がいい」
軽い口調。
ネストは反応しない。
「機体強度は」
「問題ない。黒槍仕様の《ルーヴ》ほど癖はないけど」
「量産機としてはガンズより優秀だ」
数秒の沈黙。
ネストはふと視線を外す。
「青い方はどうだ」
アインスの指が止まる。
「レイくん?」
「前回の任務で揺れていた」
断定ではない。
確認。
アインスは肩をすくめる。
「ルクくんも言っていたね」
「遅い、と」
ネストの目がわずかに細まる。
「今は?」
「波形上は正常」
「接続値30%でも安定」
「数値的な異常はない」
ネストは短く言う。
「数値の話はしていない」
空気がわずかに張る。
アインスは眼鏡の奥で目を細める。
「DCは人の形をした兵器だ」
「ネストくんも、そういう認識だったよね?」
沈黙。
ネストは即答しない。
やがて、ゆっくり口を開く。
「あいつらは」
一拍。
「人間を知らない人間だ」
アインスの視線がわずかに揺れる。
「ほう」
「残響を音として処理する」
「揺れない」
「だが」
ネストの声は低い。
「揺れ始めている」
アインスは静かに問う。
「それは劣化かな、進化かな」
ネストは迷わない。
「どちらでもない」
「人間になる兆候だ」
静寂。
アインスは柔らかく笑う。
「君は彼らを人間にしたいのかい?」
ネストは即座に否定しない。
「俺は兵器と戦うのは構わない」
一瞬の間。
「だが」
「人間が兵器になるのは気に入らない」
アインスは何も言わない。
ただ観察する。
「量産ブレイバーの上限値値は」
ネストが話を戻す。
「上限20%」
「30%は封じる」
「DC専用域だ」
ネストは頷く。
「妥当だな」
踵を返す。
去り際に言う。
「揺れは、止まらない」
一拍。
「俺のようにな」
足音が遠ざかる。
⸻
開発区画に静寂が戻る。
アインスは一人。
端末を操作する。
画面に青い波形が浮かぶ。
微細な振幅。
確かにある揺れ。
「人間を知らない人間、か」
小さく呟く。
「それは、良いデータだ」
画面が切り替わる。
アクセス制限:最上位。
ロック解除。
新規プロジェクトファイルが展開される。
⸻
GRASP-α《アストラ》
接続上限:50%
GRASP-β《オルクス》
接続上限:50%
適合対象:DC1st
LNS深層同期拡張型
精神負荷:未検証
⸻
モニターに表示される追加ログ。
LNS — 同化閾値解析
同期率拡張テストフェーズ
アインスは眼鏡を押し上げる。
「30%で揺れるなら」
静かな声。
「50%ではどうなるだろうね」
モニターに赤と青の波形が重なる。
揺れ。
安定。
未到達域。
「人間を知らない人間」
「どこまで人間になるのかな、と」
プロジェクト名が表示される。
—— Phase: Ascension
照明が落ちる。
地下は静かだ。
だが。
その静けさの奥で、
未来が、確実に動き始めていた。




