第18話 少し揺れた
ルミナリア共和国軍
REV格納庫。
白い天井灯が並ぶ。
整備台の上に立つ
REV-P03《パールメイル》。
純白の外装に、淡い緑の補助ライン。
フィーナは軍服姿のまま、機体を見上げている。
背後から足音。
ユユが端末を抱えて近づく。
「フィーナ」
少し早口。
「接敵した赤と青のGRASP、」
フィーナは視線を動かさずに言う。
「赤鬼と青鬼」
「え?」
「軍上層部が決めた呼称だよ」
ユユは一瞬ぽかんとする。
「あぁ、そう……じゃあ赤鬼と青鬼」
端末を操作する。
空中に波形が投影される。
「接続値は30%で安定」
「ログデータを確認した感じだと、まだ上げられる余地がある」
声が少し低くなる。
「人間じゃ有り得ないよ……」
フィーナは静かに答える。
「いいえ」
「ユユもログで聴いたでしょ、青鬼の声を」
ユユは視線を逸らす。
「……そうだけど」
「少し無機質にも聞こえた」
「処理音みたいだった」
フィーナはパールメイルの装甲に触れる。
冷たい金属。
「うん」
「でも……迷ってた」
ユユが顔を上げる。
「どういうこと?」
フィーナはゆっくり思い出す。
刃が触れた瞬間。
火花。
一瞬の静止。
「私への返答」
「ほんの一拍、ラグがあった」
「即答じゃなかった」
ユユは首を振る。
「それは通信遅延」
「戦闘中の処理遅延」
「違う」
フィーナの声がわずかに震える。
「悩んでた」
格納庫が静まる。
ユユの指が端末を強く握る。
「フィーナは20%であれだけ辛いのに」
「30%で安定してるって異常だよ」
「神経負荷は指数的に上がる」
「普通は壊れる」
声が少しだけ荒くなる。
「壊れる前提の接続値なんだよ、30%は」
フィーナの視線が揺れる。
30%。
自分が25%で感じたあの重さ。
あれを越えている。
それでも戦っている。
「……怖い?」
ユユは一瞬黙る。
「怖いよ」
正直な声。
「もしあれが人間なら」
「壊れる」
沈黙。
フィーナは目を閉じる。
夜の記憶。
“あなたはこの声に何を感じるの”
“何も”
あの答え。
空っぽではなかった。
確かに、揺れていた。
「ユユ」
目を開く。
「私、少し揺れた」
小さく言う。
「敵に、迷いを見たって思ったとき」
「嬉しかった」
ユユが息を呑む。
「嬉しいって……」
フィーナは自嘲するように笑う。
「変だよね」
「敵なのに」
指先が震える。
「でも」
声が少しだけ弱くなる。
「もし、本当に人間なら」
言葉が続かない。
ユユが一歩近づく。
「フィーナ」
「深入りしないで」
「あなたは隊長」
「王女」
「敵に感情移したら――」
「分かってる」
遮る。
だが強くはない。
「分かってる」
視線が落ちる。
白い機体の足元。
「でも」
「声は、あった」
静かな確信。
「空っぽじゃなかった」
ユユは何も言えない。
数秒。
やがて、小さく息を吐く。
「……あの二体、危険だよ」
「赤鬼も、青鬼も」
「特に青は」
フィーナは頷く。
「うん」
「危険だと思う」
それでも。
「もし、彼が揺れているなら」
視線を上げる。
「私は逃げないよ」
揺れているのは、自分も同じだから。
格納庫の白い光が、二人を照らす。
敵の名は、赤鬼と青鬼。
だがフィーナの中で、
青鬼はもう“鬼”ではなかった。




