第15話 白百合
地下格納区画。
赤いブレイバーの装甲を整備員が磨いている。
ルクは機体の下で腕を組んでいた。
「なあ、ハカセさんよ」
背後に立つ男へ声を投げる。
眼鏡の奥の瞳が細められる。
「ん?」
「今日いた白いの」
「あれ、何だ」
軽い口調。
だが視線は真っ直ぐ。
「いーい動きだった」
アインスは端末を操作する。
空間に機体データが展開される。
REV-P03《パールメイル》。
純白の外装。
緑の副光。
「共和国第1部隊隊長」
「フィーネリア・ルミナリア」
ルクが笑う。
「おいおい王族かよ」
「うん」
淡々と。
「帝国では“白百合”と呼ばれているね」
過去戦闘映像が流れる。
守る動き。
被弾率の低さ。
隊形維持。
「撃墜数は多い」
「だがそれ以上に、部隊の生存率が高い」
ルクが肩をすくめる。
「殺しきらねぇタイプか」
「そうだね」
アインスは続ける。
「彼女は残響を拒絶しない」
「拒絶しない?」
「受け止める思想らしい」
ルクは鼻で笑う。
「綺麗事だ」
「そう」
アインスは否定しない。
「故にあれは厄介だ」
少しだけ声の温度が下がる。
「揺れない兵器より」
「揺れながら立つ人間の方が」
「長く壊れないことがある」
わずかに間を置く。
「ネストくんのようにね」
ルクの目が僅かに細まる。
「……へぇ」
赤い装甲を見上げる。
軽く笑う。
「面白ぇじゃねぇか」
⸻
その少し離れた場所。
青いブレイバーの前。
レイは一人で立っている。
整備員は近寄らない。
静かだ。
接触通信のログを再生する。
ノイズ。
刃の擦過音。
火花。
そして声。
「あなたはこの声に何を感じるの」
停止。
再生。
“この声に何を感じるの”
残響。
敵の。
味方の。
それを“声”と呼んだ。
自分は答えた。
「何も」
迷いはなかった。
――はずだ。
指先が端末の上で止まる。
ほんの僅かに。
脳裏に浮かぶ。
白い機体。
守る動き。
撃てる瞬間に撃たなかった刃。
なぜ。
理解できない。
理解する必要もない。
自分は兵器だ。
残響は音。
意味はない。
だが。
もう一度。
“あなたは”
レイは端末を閉じる。
静寂。
胸の奥に、微かなざわめき。
揺れではない。
処理の遅延。
そう分類する。
だが。
否定するたびに、
その問いは輪郭を増していく。
⸻
遠くでルクが笑う声がする。
「白百合」
「どんな音が聞こえるんだろうな」
戦いを楽しむ声。
レイは目を閉じる。
“この声に何を感じるの”
答えは、もう出している。
何も。
それでいい。
――本当に?
その疑問だけが、
静かに残った。




