復讐はしません。ただ、真実を公開しただけです!
◆〜第一章:断罪の夜、静かなる微笑〜◆
「エルゼ・フォン・アスター。貴様のような、嫉妬に狂い魔力を失った無能は、我が国の王妃に相応しくない!」
ガリフィスタ王宮の円形大ホール。
数百人の貴族が見守る中、第一王子カイルの声が響き渡った。
彼の隣には、今にも泣き出しそうな表情でカイルの腕にしがみつく聖女フィルシアがいる。
「カイル様、もう止めてあげてください……。エルゼ様が私の聖なる杖を盗もうとしたのも、きっと私への憧れが強すぎたせいなのですから……」
芝居がかったフィルシアの言葉に、周囲の貴族たちは軽蔑の視線をエルゼに浴びせる。
かつて『王国最高の魔導士』と謳われたエルゼは、今や見る影もなく魔力が衰えていた。
対照的に、聖女フィルシアは日に日にその聖なる輝きを増している。
どうしてこうなったのか。
時の針は一ヶ月前に遡る。
◇
最近、エルゼは悩んでいた。
戦場に出ても、上手く魔法が放てない。
かつて王国随一と謳われ、第一王子の目に留まる決め手となった自身の魔力が、日を追うごとに霧散していくのを感じていた。
原因を突き止めるべく、エルゼは王宮の図書塔へ向かった。
そこで彼女は、古びた禁書の一節を目にする。
そこには、『古の魔道具には、他者の生命(魔力)を吸い上げるものが存在する』という、大賢者の手記が記されていた。
「そんな恐ろしい魔道具が、本当に存在するのかしら? ……でも、もし本当だとしたら、私の魔力が失われていく説明がついてしまうわ」
半信半疑のまま、エルゼは図書塔を後にした。
王宮へ戻り、自室へ向かおうとフィルシアの部屋の前を差し掛かった、その時だ。
彼女の部屋の扉が、わずかに開いているのが目に入った。
「留守かしら? だとしたら、あまりに不用心ね」
エルゼは扉を閉めてあげようと手を伸ばし──指先に奇妙な違和感を覚えた。
まるで目に見えない気流に引かれるように、自身の魔力が扉の奥へと吸い寄せられている感覚。
嫌な予感に突き動かされ、部屋の中を覗き込んだエルゼは、信じられない光景を目にした。
テーブルの上に鎮座するフィルシアの“聖なる杖”が、エルゼの体から漏れ出す魔力を、目に見えぬ糸のように手繰り寄せ、貪欲に啜り食らっていたのだ。
エルゼが杖を手に取った、その時──。
まるで待ち構えていたかのように、宰相や騎士たちが部屋に踏み込んできた。
「エルゼ様! 聖女様の神聖な杖に何という無礼を!」
「違います! この杖が私の魔力を吸い取って……」
エルゼの弁明を遮るように、カイルが血相を変えて現れた。
「貴様、何をやっている! フィルシアの杖は国を癒やす宝。それを盗もうとするなど、反逆罪に等しい!」
「殿下、どうか私の話を聞いてください!」
「黙れ! 盗人の言い訳など聞く耳持たぬ! 連れて行け!」
こうしてエルゼは、真実を闇に葬られたまま、無実の罪で断罪の場に立たされたのである。
◇
「婚約破棄だ、エルゼ! 今すぐこの国から失せろ! 貴様のようなゴミは、国境の雪山で凍え死ぬのがお似合いだ!」
カイルによって投げつけられたワインが、エルゼのドレスを汚す。
しかし彼女は乱れた裾を静かに整えると、完璧な動作で優雅なカーテシーを見せた。
「──承知いたしました、カイル殿下」
エルゼは震えることも、泣き叫ぶこともなかった。
「ですが、一つだけ。私は復讐などいたしません。ただ、全ての『真実』が明らかになる日を、楽しみにしておりますわ」
「ふん、負け惜しみを! 衛兵、この女を連れ出せ!」
引き立てられながら、エルゼは最後にフィルシアが握りしめている“聖なる杖“を一瞥した。
その中には、エルゼが長年かけて蓄積した膨大な魔力が、澱のように貯蔵されている。
王宮の重い鉄門をくぐる直前。
彼女はカイルの背後で、聖女が浮かべた“本性“を見た。
フィルシアは王子に見えない角度で、歪な勝ち誇った笑みを浮かべ、音もなく唇を動かす。
(ごちそうさま、お姉様。あなたの魔力、とっても美味しかったわ)
エルゼは確信した。フィルシアは聖女ではないのだと。
それと同時に思いだす。あの日、彼女の杖を“強く握りしめた“ことを。
「……その化けの皮、必ず剥がしてあげるわ。フィルシア」
エルゼは差し向けられた馬車に乗り込むと、二度と振り返ることはなかった。
◆〜第二章:雪山の再起と、計算通りの邂逅〜◆
エルゼは、国境の雪山に放り出された。
だが、凍てつく風に吹かれる彼女の瞳に、絶望の色はなかった。
彼女は知っていた。
フィルシアが“聖女の加護”と偽って行っていたのは、他者の魔力を強制的に抽出し、自分の糧にする忌まわしき術であることを。
「あの子は……聖女などではない。だとしたら、一体何者なの?」
フィルシアがガリフィスタにやってきたのは二ヶ月前。
それからというもの、王宮の誰もが彼女に心酔するようになった。
婚約者であるカイルですら、エルゼの隣にいながら、その視線は常にフィルシアを追うようになっていた。
とはいえ、最初から疑っていたわけではない。
むしろエルゼは、慣れない王宮で戸惑っている──ように見えた──彼女に、姉のように優しく接し、多くのことを教えていたのだ。
(あんな女を信じていたなんて、私も愚かだったわね)
結局、フィルシアの正体は分からずじまいだ。
だが、確信していることが一つだけある。
自分が追放された瞬間、あの忌々しい杖は“供給源”を絶たれたのだ。
エルゼは思考を切り替え、自分の体に視線を落とした。
「まさか、こんなボロ布を纏わされて捨てられるとは……どこかの村まで、この体力が持てばいいのだけれど」
エルゼが顔を上げ、雪原に視線を巡らせた、その時だった。
大気を震わせる咆哮とともに、巨大な氷龍が姿を現した。
その先には、切り立った崖へと追い詰められた一団がある。
彼らが纏う、鮮やかな蒼を基調とした鎧に、エルゼは目を奪われた。
「あの紋章は……隣国、シルアラン王国の騎士団? だとしたら、あの純白のマントを羽織っている方は──王太子殿下?」
シルアランの騎士たちは、退路を断たれ窮地に陥っていた。
王太子は、部下を庇うようにドラゴンの前に立ち、魔法を放とうと両手を広げる。
「ジークハルト殿下、危険です! このドラゴンに通常の魔法は効きません!」
「……くっ、ならば剣で貫くのみ!」
彼が剣を抜こうとしたその時、エルゼは静かに立ち上がった。
彼女は懐から、ボロボロになった小さな触媒を取り出す。
カイルたちが“ガラクタ”として投げつけた、エルゼの予備の杖だ。
「凍てつく理よ、世界の呼吸を止めよ。天と地を結ぶ氷の鎖よ、時を縛れ。我が名に応え、永劫の静寂を与えん──《アブソリュート・ゼロ》」
エルゼが静かに詠唱を紡いだ瞬間、ドラゴンの周囲の空気が瞬時に氷結した。
最強の生物と呼ばれた怪物は、咆哮を上げる間もなく、一瞬にして巨大な氷像へと変えられた。
「……何者だ?」
驚愕に目を見開くジークハルト。
吹き荒れる雪の中、エルゼは膝下までのボロ布の裾を摘み、至高の優雅さでカーテシーを決めた。
「初めまして、王太子殿下。わたくし、ガリフィスタを追放された、しがない魔導士にございます」
「ガリフィスタの……! まさか!? 貴女は、あの国の“魔法の盾”と謳われた至高の魔導士、エルゼ殿か!?」
「……今は昔の話にございますわ」
ジークハルトと騎士団は、驚愕に目を見開いた。
大陸全土にその名を轟かせるガリフィスタ王国の“戦力の要”が、目の前でボロ布を纏い、凍えている。その光景がにわかには信じられなかったのだ。
騎士団が困惑に揺れる中、ジークハルトは居住まいを正し、真摯な眼差しで問いかけた。
「……失礼を承知で伺いたい。なぜ、貴女ほどの魔導士が、そのような格好でこの雪山におられるのですか?」
ジークハルトの質問に、エルゼは自嘲気味な苦笑を浮かべた。
彼女は一瞬だけ躊躇ったが、この窮地を脱し、停滞した現状を打破するにはこれしかないと決断する。
「……信じていただけますでしょうか。我が国の王子と、新たに現れた『聖女』の話を」
エルゼは静かに、そして淡々と、王宮で起きた裏切りと断罪の経緯を話し始めた。
聞き終えたジークハルトと騎士団は、しばし言葉を失い静まり返った。
にわかには信じ難い、あまりに愚かな話だったからだ。
しかし、先ほど自分たちを氷龍から救った圧倒的な魔法の冴えが、彼女の言葉が真実であることを何よりも雄弁に物語っていた。
重苦しい沈黙が流れる中、一人の騎士が恐る恐る口を開いた。
「……殿下、一つよろしいでしょうか。不確かな噂ではありますが……大陸の西に棲む魔女が、二ヶ月ほど前から姿を消しているという話がございます」
「私も耳にしたことがあります。各地の魔導士から魔力を貪り喰らう、強欲な魔女の噂を」
「西の魔女だと? ……名は、何というのだ?」
ジークハルトの問いに、騎士は声を潜めて答えた。
「確か……『ビリジア』、と呼ばれていたはずです」
その名を聞いた瞬間、エルゼの中でバラバラだった線が一つに繋がった。
フィルシア、ビリジア──。
甘ったるい聖女の仮面の下に隠されていたのは、おぞましき魔女の素顔だったのだ。
エルゼは不敵に、そして残酷なまでに美しく微笑んだ。
彼女はジークハルトに向き直ると、静かに、だが深く一礼した。
「殿下、お願いがございます。わたくしを、シルアラン王国で雇っていただけませんか?」
「……救世主である貴女の願いだ、やぶさかではない。だが、我が国はガリフィスタほど裕福ではないのだ。王国最高の魔導士に見合う報酬は、用意できないかもしれないが……」
それを聞いたエルゼは、顔を上げ、確信に満ちた瞳でジークハルトを見つめた。
「報酬は金貨ではございません。わたくしが望むのはただ一つ。……『真実を公開する舞台』を。それだけで結構ですわ」
◆〜第三章:真実の公開、その恐るべき手法〜◆
それから一年。
シルアラン王国は、エルゼがもたらした高度な魔法技術により、空前の繁栄を遂げていた。
かつては“質素な騎士の国“であったシルアランは、今や“大陸で最も輝く魔導国家“へと変貌していたのだ。
◇
∮∮永久暖房と不凍の路面∮∮
エルゼは氷の魔法を逆転させ、大気中の魔力から熱を抽出する【熱変換魔法陣】を開発。
雪に閉ざされていた国中の家々に、薪のいらない温かな暖炉をもたらした。
さらに、街道には雪を自動で溶かす【不凍の陣】が敷かれ、冬場でも物資の流通が止まることはなくなった。
∮∮ “魔導ポンプ“による灌漑∮∮
魔力が枯渇した土地でも、深層の地下水を汲み上げる魔導式のポンプを導入。
これにより、寒冷地で育たなかった作物も温室栽培が可能となり、国民の食糧自給率は爆発的に向上した。
∮∮ 通信魔法の一般化∮∮
エルゼの理論に基づき、遠く離れた都市同士で瞬時に声を届ける“言霊の鏡“を実用化。
これにより、魔物やドラゴンの出現や災害情報、商取引の連絡が迅速に行えるようになり、国の統治力は飛躍的に高まった。
◇
「エルゼ殿、貴女は我が国の女神だ」
ジークハルトが眩しそうに目を細めるほど、王都には活気があふれ、かつてボロ布を纏っていたエルゼは今、シルアランの国色である蒼を基調とした、最高級の魔導法衣に身を包んでいる。
一方で、ガリフィスタ王国は崩壊の危機に瀕していた。
エルゼという“供給源“を失った聖女フィルシア──西の魔女ビリジア──は、魔力を維持するためにカイル王子や重臣たちの生命力までをも吸い取り始め、国は荒廃の一途を辿っていたのだ。
ついに、ガリフィスタは起死回生を狙い、シルアランへ『エルゼの身柄引き渡し』を求めて親書を送ってきた。
エルゼはそれを聞き、微笑んだ。
「いいでしょう。外交の場を設けましょう。大陸中の王侯貴族が集まる、この平和会議の場で」
◇
会議の日。
ガリフィスタの代表として現れたカイル王子は、かつての美貌を失い、頬がこけ、目は血走っていた。
隣にいるフィルシアも、厚化粧で隠しているが、肌のハリが失われている。
「エルゼ! 貴様、よくも我が国を裏切ったな! 今すぐ戻って聖なる杖に魔力を捧げろ!」
会場中にカイルの怒号が響く。
出席した各国の代表たちは眉をひそめた。
エルゼは静かに立ち上がった。
「カイル殿下。私は復讐などいたしません。ただ……あの日申し上げた通り、真実を公開するだけです」
エルゼがパチンと指を鳴らした。
すると、会場の壁面に巨大な魔法映像が投影された。
それは、エルゼがあの日、フィルシアの部屋で杖を手に取った瞬間に発動させていた“魔導記録”の解析データだった。
あの日、部屋に踏み込んできた王子や宰相たちの動きは、あまりに迅速で、まるで最初から待ち構えていたかのようだった。
その不自然な手際の良さに、エルゼは瞬時に“罠“であることを察知。
糾弾されるわずかな隙に、咄嗟の判断で杖に解析術式を刻み込んでいたのだ。
「これは……?」
「左側のグラフが、私の魔力の減少推移。右側が、フィルシア様が『加護』を与えた直後に増大した、彼女個人の魔力数値です。波形が完全に一致しています。つまり、彼女は聖女ではなく、他人の魔力を盗む『寄生型魔女』の特性を示しています」
会場が騒然となる。
エルゼの解析は冷徹で、反論の余地がないほど科学的だった。
「さらに、現在のフィルシア様の魔力波形をスキャンします」
エルゼが再び指を鳴らすと、フィルシアを包んでいた“聖女の輝き“が、無理やり剥がされた。
観衆が悲鳴を上げる。
そこにいたのは、若さを維持できず、急速に老化が進む一人の老婆だった。
「ひっ、見ないで! 隠して、カイル様!」
「う、うわあああっ! 化け物だ!」
カイルは、老婆となったフィルシアを突き飛ばした。
その瞬間、フィルシアの指先がカイルの首筋を掠める。
「……ああ、カイル様。あなたの魔力、まだ少し残っているわね……」
フィルシアは本能的にカイルに飛びかかり、その細い首から魔力を吸い取ろうと見苦しくもがき始めた。
かつて愛し合っていたはずの二人が、衆人環視の中で醜く罵り合い、殺し合う。
その様子を、エルゼは無感情に見つめていた。
◆〜第四章:落日の王国と、新しい夜明け〜◆
「復讐はしない」という彼女の言葉は、嘘ではなかった。
エルゼはただ、客観的な事実をデータとして公開しただけだ。
その結果、カイルは“自国民を魔女の餌食にした愚王”として世界中の軽蔑を浴び、ガリフィスタ王国は外交的に完全に孤立した。
その後、王家は激怒した民衆によって引きずり下ろされ、カイルとフィルシアは【互いの魔力を吸い合い、尽き果てるまで終わらない隔離施設】へと送られたという。
国際会議の夜。
シルアラン王宮のテラスで、ジークハルトが隣に立つエルゼに声をかけた。
「君は……本当に、彼らを憎んでいなかったのか?」
エルゼは夜空を見上げ、少しだけ小首を傾げた。
「憎む? いいえ、殿下。数式の証明を解くのに、感情は不要です。ただ正解を導き出し、それを白日の下に晒す。それだけで十分なのですわ」
ジークハルトは苦笑し、彼女の肩を優しく抱き寄せた。
「恐ろしい女性だ。……だが、そんな君の冷徹なまでの誠実さを、俺は心から愛している」
エルゼは今度こそ、仮面ではない心からの微笑みを浮かべた。
自分を正しく評価し、真実を共有できるパートナー。
それこそが、彼女が人生をかけて証明したかった“幸せ”という名の解だった。
かつて国外追放された少女は、今、自らの知性と真実の力で、新しい時代の英雄として語り継がれることになったのである。
「ジークハルト様。本当に、わたくしのような“可愛げのない女”でよろしいのですか?」
「もちろんだ」
ジークハルトは彼女の瞳を見つめ、悪戯っぽく、だが真摯に付け加えた。
「そして、ここに誓おう。君を絶対に敵に回さないと。国のためにも、そして──俺自身の心のためにも、ね」
〜〜〜fin〜〜〜
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興味を持って頂けたならば光栄です。
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