第8話 「TailoringforaHellLady」
名前とは檻のカギを持つ者が、管理しやすくする為に付けた記号に過ぎない。
少女が名前を奪われようともその生き様は変わらない。
この日、アタシは日課のトレーニングを終え、家に戻るとおかみさんが採寸の道具をもって待ち構えていた。
「さぁ、まずは服の採寸をするからそこに立ちなさい」
「え!?アタシ、トレーニングが終わって――」
「早くしなさい。時間は有限よ」
「あ、あぁ」とおかみさんの声に急かされて、アタシは鏡の前に立つ。
「さぁ腕を上げて」と言う指示に応じ、アタシは腕を水平に上げる。
鏡の前で手早く頭部、腕、胸部、腹部、背部、足と細かく採寸をしていく。しかも書くのではなく全て暗記しているようだった。
その動きのおかみさんを見ていると(おかみさんって昔、冒険者だったのか?)と思わずにはいられなかった。
「じゃあ、設計図を書いてるからそれまでこれを読んでおきなさい」と渡されたのがギルド公認の教本だった。教本の存在なんて知らなかったけど、読んでみると意外と面白い。
緊急時の傷の対処法や携帯食の作り方まで掲載されていた、今でこそミミック袋と言うミミックの胃袋を加工した収納袋が普及し、新鮮な食材を入れて冒険する事が多くなった事で携帯食なんて古い習慣と言われていた。それでも自分にとって教本の知識は新鮮で面白かった。
「明日は携帯食と応急処置を教えるわね」
アタシはその日から日課のトレーニングに加えて座学が増えた。使い古され、黄ばんだ教本。今でこそ便利な道具や魔法が出てきたが古きは新しきを知る。基礎を学ぶことでこそ新たな技術に適応できると考えた。
「お昼の食事よ」皿に乗っていたのは乾いた茶色い塊でうっすら白い油の塊が一本おかれていた。アタシが手に取り頬張ろうとした時、その手を押さえ、グエルがアタシを見て何かを決意したようにおかみさんの方を向く。
「お袋、これは流石に……」グエルがこう言うのも無理なかった。採寸がはじまってから4日目。アタシ以外の食事はパンと昨日の残りのスープでアタシに出された食事は携帯保存食のペミカンだった。乾燥させた赤みの肉に油を混ぜて作る冒険者専用の食事。
「グエル、彼女はなぜこれを出されたのか分かっているはずよ」と淡々と答える。理解はしていた。少しでも味に慣れておく事。そして味を覚える事で自分が作る時の参考になると言う事をおかみさんが言いたいのだと思い咀嚼する。
匂いは乾燥した肉の匂い、味は咀嚼すると動物性の油が強く初めのうちは何度か吐きそうになっていた。
「お袋、いくらなんでもあんまりじゃねぇか。チェスカだって大変な目に遭った事ぐらい知ってるだろ?」
「グエル、早く食べないと冷めるわ」とおかみさんはグエルの言葉を気にすることなく、淡々と自分の食事を食べる。
アタシもペミカンを口にする。その味は教本に書いてあった通り、保存には適しているが味は最悪の前回の物ではなく、ハーブやスパイスの香り。ほんのりと甘いフルーツの香りがアタシの作ったペミカンよりも遥かにおいしく、味わいながらしっかりとその味を記憶するように咀嚼し嚥下する。
「いい加減にしろ!お袋はチェスカにウォルトのおっさんやケリーみたいな事をして何がしたいんだよ!?」
おかみさんは食事を終え、黙って工房に戻っていく。グエルと二人気まずい食事が続き、アタシもいよいよペミカンの味がしなくなってきた。
「グエル、それは彼女が決める事よ」とだけ言い、食器を片付けて部屋を出るおかみさんを見ているしかなかった。
「チェスカ、俺のをやるから食えよ。そんなもん、食わなくても今は大丈夫なんだろ?」と目の前に置かれたスープ。口に入れた瞬間、崩れる様な鶏肉に新鮮な野菜。これと比べれば雲泥の差だった。まだ温かく、湯気から香るスープに手を出しそうになる。
「お袋は工房にいるから大丈夫だって」その言葉を聞いて一瞬考えてしまう。アタシはよく頑張っている。これくらい大丈夫なんじゃないかとでもそうなった時、この甘い考えがどうなるかなんてだれも責任を取る人はいない。
「ごめん。アタシは今後、これを何度も食べる事を考えたら。今から味に慣れておいた方がいいのは理に適ってる。グエル、気持ちはうれしいけど遠慮しておく。ありがとう」とアタシは少し名残惜しかったが、器をグエルの前に寄せてペミカンを食べた。
アタシは食事が終わりタバコを吸う。良く晴れた空に煙が浮かび消えていく。
それはおかみさんの一言から始まった事を思い出す。「旅に出るならあなたの服を、作らせてくれるかしら? 大事な娘の旅立ちよ。私の持てる技術を最大限使って、あなたに最高の衣装を作るわ」最初は遠慮して断ろうと思ったがおかみさんのやる気に押されて断る事が出来なかった。
午後からはおかみさんと衣装についての話し合いが始まった。グエルは朝の出来事がまだ腑に落ちていない様子だったがそこは洋裁の見習いとしての切り替えは出来ているようで少しほっとした。
「どんなデザインがいいかしら?」
「お袋、チェスカの意見を聞いた方がいいんじゃないか?」とデザインの話ではアタシの意見も積極的に聞かれたが露出度の高い服装以外なら動きやすければ何でもよかった。
女性冒険者の服装と言えば昔、村に冒険者が来た時の事を思い出す。
「一つ、アイディアがあるんだけど……」とペンを借り、洋紙を貰う。
そこに書き込むのはアタシが以前、武器の中の記憶で見た女性の衣装だ。特徴的なつばの広い帽子、ベストにシャツ、ブーツを洋紙に書き込んでいく。
「見た事ないデザインね。でも、これがあなたの着たい服なのね。いいデザインよ。あとこれも追加しましょうか」と言い、マントのようなものを書き足していく。黒地に白い幾何学な模様で書かれたそれはデザインにとてもマッチしていた。
おかみさんとグエルが本格的にデザインを書いている間、アタシは応急処置の項目を読んでいた。止血や傷口の縫い方などを見る。今でこそ回復魔法や薬が主流だが傷の縫い方を見て布を使って練習する。
「そう言えば、チェスカ、新しい名前どうするつもりだ?」
「新しい名前かぁ……」グエルの問いに真面目に考える。チェスカ・キャラハンと言う名を剥奪された事に対して、アタシはそれほど悲しくはなかった。愛着が無かったわけではない。でも名が無くなり、新しい名前を考えると言う、未知の体験を考えると、ワクワクしていた。冒険者の為の服、そしてその為の名前。自分の新たな門出にこれほどふさわしいものはないと思えた。
「でもよ。そんなペットに名前を決めるんじゃないんだぞ。それに、これからお前は別人として生活する事に怖くないのかよ」さっきの会話を聞いていたグエルが花瓶に花を入れ机に置きアタシから少し離れた所に椅子を持っていき座る。
「綺麗なミモザね」
「裏で咲いてたから積んできた。 それより名前ってお前がこれまで家にいた証なんだろ?それが無くなるなんて、これまでの人生が存在しなかったみたいになるんじゃないか?」
「実際、アタシの存在をなかったことにしたかったみたいだけどな……」
「それじゃあ、尚更、使い続けてやったらいいじゃねーか。わざわざ新しい名前を考えなくたってよぉ」と腕を組みグエルはアタシに今までの名前を使い続ける様に提案してきた。
「例えばさ、薔薇は「自分が薔薇だ」なんて思って咲いてねぇんだよ。人間が勝手にこの薔薇は何処で作られたとかの証明でしかないんだよ。アタシは別にキャラハン家がなんなのか知らねぇ でもな、そんなもん奪ったぐらいでアタシが後悔するって思われている方が遥かに侮辱している」
「作られたとか、証明とか棘のある言い方されたって俺にはわかんねぇよ」
「じゃあ、もっとシンプルに言ってやるよ。これまでアタシは家の為に多くの事をしてきた。継母に暴力を振るわれようと、いつかは家族として認めてもらえると思っていた。でも実態はこうなった」
「チェスカ……」
「アタシはキャラハン家と言う呪縛から解き放たれた。そしてアタシは願った。戦う力が欲しい、自分の人生を切り開くためにも、強くなる力が必要だから。そう願った。だから名前なんて石ころでもいい」
「待てよ。お前が家族が嫌いなのはわかった。でもそんななんげやりに決め――」
「わかってるって、アタシだってカッコいい名前ぐらい考えられる。この服が出来るまでには決めておくから楽しみにしとけよ」
「ホントかよじゃじゃ馬?」
「ホント、仲が良いわね。母さん嬉しいわ。女はいつだって奪われる存在よね。結婚すれば、保護の名の下に選択も身体も自由も差し出すことになる。男性はそれを家族と呼び、社会はそれを美徳と讃えるの。不思議よね。あなたには自由があるわ、だから今度こそ、精一杯、応援させてもらうわね。」
「お袋はどっちの味方なんだよ」呆れるグエルを余所にアタシの決意は変わらない。名前を奪われたのは寧ろ、好都合だったのかもしれない。いつかそう思える日が来るような名前を決める決意が固まった。
グエルが工房に戻り、アタシはおかみさんと食事をする。今日は鶏肉と野菜のスープだ。親父さんとグエルの力作。寒い日はいつも作っていて、過去、アタシも何度か食べた事がある。ホクホクの根菜にとろりとした葉物。そして口に入れるとホロホロと崩れるくらい柔らかい鳥の骨付き肉がとても美味しかったのは過去の話。
アタシは失敗したペミカンでスープを作って食べている。油の匂いと塩っ気の強い味付けにハーブの香り。見た目はドロドロしていて申し訳程度に野菜が浮いている。何とか食べる事が出来たが改良の余地があり、今後の課題だ。
夕食後、数日前に干しておいた肉と市場で購入したシルフアップルとベリーを乾燥させたものを細かく砕いて動物性の油と混ぜ合わせ、後は形を整え、もう一度、乾燥させて出来上がる。風の国はその国の特徴から干した保存食が作りやすく、ペミカンもその一つだ。
(あ、余ってる)乾燥させたフルーツは甘味が凝縮されており、口に含もうとしたがおかみさんが目を光らせているので出来なかった。
後片付けをしている時、アタシは気になっていた事を聞く事にした。
「おかみさんは……後悔してるんですか?」
「何をかしら?」
「さっきの話で結婚すれば、選択も身体も自由も差し出す代わりに保護されるって話」アタシは不思議に思ったのはそれでも結婚し、出産、子育てをしていたという事だった。
おかみさんが何を思って結婚に踏み切ったのかが気になった。
「そうね。後悔は半分、でも結果的にはよかったかな? 矛盾してるわね。でも、私はここで出来る事をしたかった。今、あなたのおかげでそれが叶おうとしているの。だから結婚も悪くないと思っている。それに愛する夫と息子に囲まれる生活も楽しいわよ」
「あれだけボロクソに言ったのに?」
「そう。夫は私の事を本当に大事にしてくれているわ。この店を始めたのだってギイムが勧めてくれたからなの。あの人、無口で不愛想だけど私の一番の味方。だからそれに答えなくちゃいけないのよ。それが期待してくれた人に対しての恩返しなの」
おかみさんの心臓が熱く早く鼓動するのがわかる。ここ数日見ていなかった頬の緩みはまるで焼きたてのパンの様に柔らかに見えた。
アタシはグエルからの告白を断った。それはおかみさんも知っているのになぜここまでアタシの為に良くしてくれるのかがわからなかった。
「おかみさんはなんでアタシにここまでしてくれるんだ?」
「そうね~昔の自分を見てるっていうのかしら?」
「昔のおかみさん?」
「そう、私は結婚を選んだ。でもあなたは強くなって抗おうと努力している。さっきも言ったけど人生の結果は満足しているわ。なら旅立とうとする女性を私なりにサポートするって考えていたの」
「おかみさんはアタシで良かったのか?」
「えぇ、もちろんよ。あなたの決意を聞いて、私、感動しちゃったもの。心の中の過去の私が言うの「彼女をたすけてあげて」って」おかみさんはそういうと自室に小走りで入っていった。
その日の夜、それぞれが眠りにつくが外でベッドロールの中で休むアタシはなかなか眠る事が出来なかった。
考えれば考える程、闇は深く、アタシは油断していると飲み込まれそうになる。
汗が背中をつたい、震える右手を優しく左手を添え、落ち着いて深呼吸してヘカテの三叉灯を行う。
アタシは、気分を変える為にベッドロールからでる。吹き抜ける冷たい風が心地良く、タバコに火をつけ煙を吐く。
「綺麗な月……」夜空に飾られた白銀の月が周囲を優しく照らす光は、アタシには希望の光に見えた。
自分の人生を切り開く。その為にも強くなる。「汝、血は鋼の弾丸となり、涙は秘めた魔の火薬の力に変わり、不屈の心臓は引き金となりすべてを撃ち抜く」アタシは詠唱すると手元に銃が現れる。それを狙った場所に一回で狙った場所に正確に向ける事ができるまで何度も続ける。
攻撃を避けながら、撃鉄を引き撃つ、弾倉から薬莢を排出し、流れる様に銃弾を込める。単純な行動を続ける中でそれを何度も繰り返す。弾倉から弾がこぼれ、上手くはいらない。目標は見なくても入れる事が出来る事。出来なければ目を瞑り繰り返す。
自分の魔法による攻撃は「銃を撃つ」事だけ。あとは魔法、斬撃、格闘、あらゆる場面を想定しながら考え、身体を動かす。転んでも、擦り剥いても、不格好でも気にしない。
(バカにされているなんて慣れている)魔法が使えない時から身体を鍛え、お守り(リボルバー)の記憶に出て来た女性の様に強くなる為に訓練を続ける。
そうしているうちに、紫紺の闇が裂け夜の帳が明ける頃、金色に輝く希望の光がアタシを照らす。朝露の様な汗と髪色が朝日に輝きながら夜の月が輝きが見える。
(綺麗……)アタシは何者でもない。もうキャラハン家でもケイトの姉でもない。アタシはアタシ自身を生きる。旅をして、この世界をもっと見てみたい。
(あ、思いついた……)暁と月光の加護の下、自分の新しい名前が決まった瞬間だった。




