第7話 「 Ἀντεπίθεση τοῦ Ἀδέσποτου Κυνός (野良犬の反撃)」
夜、寝ころびながら考えていたのはこれからの事。いつまでもおかみさんの家にいる事なんて出来なかった。一人でも戦える方法を考える。
思い出したのは魔女と契約した時の事だった。
(あの魔女、あたしが持っていたお守りがこの世界には存在しないって言ってたな……)確かに武器の記憶と呼ばれる記憶の風景は異世界と思えるほどだった。あの女性の強さにあこがれていた。
(あんなふうに強くなれたらな……!??)一瞬、何か音が聞こえた気がした。その瞬間、反射的に壁を背にして隅によりかかる。
(グエルの工房は―― その前におかみさんに)あたしはおかみさんの眠るベッドに近づきゆっくりと起こす。
「おかみさん、この家に誰かきてる」
「チェスカちゃん、ここは大丈夫よ。私が付いてるから……」とあたしを抱きしめる。安心したあたしはおかみさんのベッドに潜りこむ。目を瞑るほんの一瞬、おかみさんとは明らかに違う匂いにそっと目を開けると男が立っているのが見えた。
(!?!??)あたしは必死しがみ付き寝たふりをする。
心臓がバクバクと鳴り、息を必死に押し殺す。ただの泥棒ならこのまま気が付かないふりをしていればと思い耐える。フラッシュバックで叫んでしまってはいけないと必死に考える。目を瞑って見えない事で触覚で4つ数える。しかし、聞こえるのはあたしの鼓動、おかみさんの寝息……そして泥棒の足音。男性特有の臭いが恐怖に偏り集中できない。
「チェスカちゃん、ちょっと苦しいわ」あたしは後悔した。必死になるあまり強く抱きしめすぎていた事だった。
「おかみさん、危ない!?」
「あ、あなた――」あたしは泥棒から燃える様な匂いを感じて咄嗟におかみさんを抱えてベッドから床に飛び降り床に伏せると燃えるような光と共にガラスが割れる。
「こいつ!」覆面の男がおかみさんの腕を引っ張り側に抱き寄せ、ナイフを首元に近づけ、おかみさんは恐怖に顔が歪む。
「てめぇ、おかみさんをは、放せ!」恐怖と過呼吸を必死に抑え、左手で強く服を握る。
「おい!なんだよ今の音! お、お袋!?」
「動くなよ。おとなしく金目の物を渡すんだよ! しかし、ゴブリンの癖にいい身体してんなぁ」とナイフを服に突き立てる。
「やめろ、金目の物が手に入ればいいんだろ? なんでてめぇらはそこまでするんだよ!こんな事をされるだけでも十分怖いのに、なんで傷つけようとするんだよ!」感情が溢れ出す。それはあたしがずっと思っていた事だった。欲望にまみれ、弱い者からすべてを奪い取る。それはお金だけじゃない。こいつらは人の尊厳すら奪おうとする。
「グエル、チェスカちゃんを…… 連れて逃げて……」
「お袋!?」
「大丈夫、生きていたらまた会えるわ…… こんな事、慣れてるわ…… だって――」 あたしはおかみさんの言葉を聞いてすべてを理解してしまった。おかみさんがなんであたしに対してここまでしてくれたのか。
なぜ、パニックになったあたしの事を――それはグエルと結ばれてほしかったわけじゃない。
「おかみさんをかえせぇぇぇぇぇ!」 あたしは飛びかかり、相手の顔面に思いっきり、拳を叩きこむ。泥棒も一瞬怯んだがやはり、手が震えて上手く力が入らずにおかみさんを放すまでには至らなかった。
泥棒はおかみさんを盾にしてナイフを首に近づける。
「たかが女の力で!? ウインドハンマー!」ナイフの魔石が光り、風の塊があたしとグエルの身体を吹き飛ばす!壁に叩きつけられ、背中や後頭部に痛みがはしり、鼻からぬるりとした液体が流れ、袖で拭き取ると、こびり付いた鉄の匂いでいっぱいになる。
痛みとちらつく悪夢に耳鳴りが響く。
あたしは床に落ちた布きり鋏を握る。意図はしなかった。でもこれが打開策になると思う。
(食べろ、喰らえ、食べろ!喰らえ)頭の中に響く言葉に違和感も無く、口の中に入れ、ゆっくりと噛む。
それはまるでりんごを食べる時の様にあっさりと鉄が割れる。
「お、おまえ、気でも狂ったのか!?」泥棒すらも呆気にとられ、あたしの咀嚼音だけが冷く響き渡り、そのまま唾液と共に飲み込む。鉄の破片が喉を傷つける事無くゆっくりと喉を固い触感が流れる。
【Πιστολοφόρος】右腕に現れた文字にアタシは魔法の教科書の内容を思い出す。魔法とはイメージとそれを再現する為の各属性のコントロール。
アタシがイメージしたのはただ一つ、幻影の中で見た女性が使っていた武器。銃と呼ばれる武器だった。
「汝、血は鋼の弾丸となり、涙は秘めた魔の火薬の力に変わり、不屈の心臓は引き金となりすべてを撃ち抜く」と言葉と共に光が収束しやがてそれは右手に握られる。
スイングアウトした空の弾倉。アタシはまるで最初から知っていたように左手から2発の弾丸が排出され、装填してそのまま銃を振り、弾倉を定位置に戻す。
「な、何だよそれ。そ、それに髪が黒から――」魔石が光るのが見える。
(来る!)アタシは親指で撃鉄を降ろす瞬間にはトリガーを引き、泥棒の足に当り、膝から崩れ落ちる瞬間、アタシはおかみさんを抱きよせそのまま撃鉄を降ろし、2発目の弾丸を撃ちこむ。肩の肉が弾け、骨を砕け、男は流血と痛みにそのまま蹲る。
アタシはそいつの腹部を思いっきり蹴飛ばすと壁に叩き付けられ「ゆ、ゆるしてくれ」と懇願する。
「お、おいチェスカ、それ以上したら――」
「それ以上したら何なんだよ? こいつはおかみさんの財産だけじゃない。それ以上の物を奪おうとしたんだ。だったら殺される覚悟ぐらいはあるんだろ?」アタシは男の眉間に銃を突きつける。
「チェスカちゃん……」
「やめてくれぇぇぇ、お、俺が悪かった」男の涙、グエルの戸惑い、初めての魔法、血の付いた床、そしてアタシを見つめるおかみさん。銃の質感、右手の痛み、右腕を触り、肌。
男の呼吸と鼓動、そしてアタシの呼吸。血の匂い、おかみさんの香り、アタシはタバコを咥える。そして火をつけ煙を吐き出す。
「グエル、こいつを縛っとけ」と男が持っていた縄を投げ、グエルガ身体を縛り上げ、簡単な回復魔法で止血した。
アタシはそのまま座り込み、薬莢を排出すると床に着く前に金色のような粒子に飛散し、消えて行った。
アタシはおかみさんを抱きしめて、無事なのを確認する。「痛いわ、チェスカちゃん」と言ったがアタシはそれでも、抱きしめるのをやめなかった。
翌朝、帰って来た親父さんとグエルが泥棒をそのまま憲兵に引き渡しに行った。
そしてアタシはおかみさんにこれからの事を話そうと思っていた。
「おかみさん、アタシね――」
「チェスカちゃん。安全だって言ったばかりなのにあなたを危険な目に合わせてしまってごめんなさい」
「謝るのはアタシでおかみさんじゃない。それとおかみさんに話さなきゃいけない事があるんだ」そう、話さなければならない。
「わかったわ。でも無理をしてすべてを話す必要はないからね」
アタシは静かにうなずき、テーブルに座る。心臓の鼓動が速くなり、拳を握りしめる。向かいに座るおかみさんがそっと手を伸ばし、アタシの手を包み込むと彼女の手の温かさを感じ、鼓動が少し、緩やかになった。
アタシが話したのは父親と継母がアタシと言う存在を抹消しようとした事。そして、魔法が優秀なケイトこそがキャラハン家にふさわしい人物であり、アタシはチェスカ・キャラハンと言う名前を名乗るなという事。
「そ、そんな、チェス―― あなたはいつも家を助ける為にって言って薪を売り歩いていたのは!?」
「売り上げはすべて継母に渡していました。彼女はアタシのことが心底嫌いで、暴力を何度も振るわれ、その都度、発覚しないように回復魔法をかけられていました」
「え!?じゃあ、これまで私が――」おかみさんは薪売りをしているアタシの事をほめてくれていた。家族の為に自分が出来ることをしていてと…… でもこれはおかみさんが悪いわけではない。
そして本題はここからだった。「そして、アタシが金髪になったのは多分、魔法が使えるようになったからなんだ」
「魔法が使える様にって!?」
「アタシは魔女と契約してさっきの魔法が使えるようになりました」
「魔女!?魔女ってあの魔女よね」魔女と言う存在はかつて魔王がまだ存在していた時代。その配下に存在した女性の魔法使い。でも通常の魔法使いと違うのは邪悪であり、強力な存在と契約し、対価と引き換えに強力な魔法が使えるようになった女性。それが魔女。
「チェスカちゃん、いったい何を対価に契約――」アタシはゆっくりとその下腹部を撫でる。おかみさんの顔の血の気がなくなり、目に涙を浮かべ「何で、何でよチェスカちゃん」と泣くしかできなかった。
扉が勢いよく開く音と共にグエルが立っていた。その顔には怒りとも取れる表情でアタシを静かに見ていた。
「グエル、今はチェスカちゃんと――」
「お袋は少し静かにしていてくれ。 チェスカ、魔女と契約したって話。本当なのか?」
「あぁ」
「この前の話。子供は産むことは出来ないって言うのは!?」
「もうわかってるんだろ? 後悔はしていない。この力のおかげでおかみさんを助けることが出来たんだ。アタシはこの力を使って生きていく。そう決めたんだ」
「ごめんなさい。あなたの事、何も気が付いてあげられなかった。こんなに長くあなたの事を見ていたのに……」泣き出したおかみさんをアタシは背中をゆっくり撫でる。
「おかみさん…… アタシはおかみさんにいっぱい救ってもらった。本当にありがとう」アタシはおかみさんを優しく抱きしめる。彼女の瞳から流れる涙はアタシの代わりに流す涙のように思えた。
「あのキャラハンのおっさん、こんど見かけたら――」
「やめろ!」
「な、なんでだよ!悔しくねぇのかよ!? お前を傷付けて、除け者にして最後は――」
「これはアタシの問題だ。立ち向かうか逃げるかはアタシが決める事なんだよ。出しゃばるんじゃねぇ!」
「なんだと!? てめぇ俺達がどんだけ心配してると――」
「グエル、やめなさい! チェスカちゃんも落ち着きなさい!」おかみさんの言葉にグエルが沈黙する。おかみさんは凛とした表情で「グエル、よく聞いて、彼女の決断に私たちが口を挟む事は出来ないわ。出来ることはただ彼女の願いを尊重するだけなの……」とグエルの頭を撫でた。
「グエル、お前のその腕にはおかみさんと親父さんの希望が詰まってんだよ。もう、その腕を暴力に使ってほしくない。これは親友としての願いなんだ。 だから聞いてくれよ…… グエル……」 アタシはゆっくりとグエルの腕にそっと触れる。筋肉質な腕が脈打ちその指は太いが、繊細な裁縫が出来ることを、アタシやおかみさんたちは知っている。そんな未来のある腕をアタシの事に犠牲にしたくはなかった。
「あぁ、わかった。お袋とチェスカの気持ちは理解できた」とグエルから落ち着いた鼓動が聞こえたのでアタシは安心する。
「それから、チェスカちゃん。あなたの気持ちはよく理解できた。そのうえで一つお願いを聞いてはくれないかしら?」
「お願いって?」おかみさんは何かを決意したようにアタシをしっかりと見つめていた。
「旅に出るならあなたの服を、作らせてくれるかしら? 大事な娘の旅立ちよ。私の持てる技術を最大限使って、あなたに最高の衣装を作るわ」その目はもう、さっきまでの涙を目に溜めた女性の姿ではなく。覚悟を決めた顔だった。
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