表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第6話 ヘカテの三叉灯

 目を覚ますとそこは知らないベッドで寝かされていた。

 ゆっくりと起き上がるが全身が痛み、頭の中に霧がかったような感じがする。

(ここは…… あたし、どうなったんだっけ?)

 身体の節々に痛みが走り包帯が巻かれ、アタシは身体を確認しようと服を脱ごうとしたが手が震えて上手く脱げない(な、なんで!?)

 まるで身体が脱ぐことを拒絶しているように思えた。



「おい、チェスカ、大丈夫か?」


「あれ、グエルじゃねぇか、なんでこんな――」グエルを見たその瞬間、アタシの頭の中

 男達の下卑た笑い、引き裂かれる布の音、父さんの冷徹な眼差し、継母の甘い声の記憶が一気に流れ込む。


「……っ、うぁ、あぁ――」目の前がチカチカと光が舞い、汗と口臭が混じった不快感。男達から大きな声と自分の無力感が襲い、胃から刺激臭のする液体が込み上げ布団に広がる。


「チェスカ!どうしたんだ?大丈夫か――」幼馴染のグエルの手がアタシの肩に置かれた瞬間。まるで感じた事の無い怒りが込み上げる。


「あたしに触るなぁぁぁぁぁぁぁァぁ!」手足をバタつかせ、グエルの手を振り払い、逃げようとベッドから降りるが足に力が入らずに転倒する。アタシは恐怖にかられ、這いつくばって部屋の隅に壁に背を向けて両手を交差して力いっぱい両腕を掴む。

 震えが止まらない。感情が乱れ、目の前がチカチカする。


「おい、チェスカ一体どうしたんだよ!?」


「グエル、すごい音がしたけど一体何があったの?」扉を開けたのはおかみさんだった。いつも優しく仕立て屋でグエルのお母さん。でも自分はどうしたらいいのか解らない。自分に何があったかなんて言えるわけがなかった。


「グエル、しばらくは工房でお父さんと寝泊まりする事になるけどいいかしら?」


「え!?なんでだよ」


「それは…… わたしからちゃんとお父さんに説明するわ。残念だけど、ここは母さんに任せてくれるかしら?」いつものようなほがらかとした表情とは違う真剣な表情に気圧されたグエルは「わかった」といい少し名残惜しそうな視線を向けてから静かに部屋を出た。



「チェスカちゃん、扉は閉めておく方がいいかしら?」あたしは首を縦に振って返事をする。また、誰かが入ってくるのが怖かったからだ。


「そう、わかったわ」そう言って扉を静かに閉める。あたしはその音に身体が少し反応する。おかみさんはそのままあたしから距離を取りつつ、あたしと目線が合うようにしゃがみ込む。


「ここは私の家。あなたが。昔、何度も遊びに来てくれた家よ。ここは安全よ。あなたを傷つける人はいないわ」と両手を膝に置いて手の平をあたしに見せるようにして置く。


 それでもあたしの呼吸は落ち着くことなく、細かく痙攣した様な呼吸続くのを見ておかみさんが「ゆっくり息をしてごらん。一緒に数えようか。吸って……一、二、三。四。吐いて……一、二、三、四、五、六。いいわよ、その調子」


 あたしは言われたとおりに呼吸すると少し落ち着いたが頭の中に声が響くのが止まらずに身体が縮こまる。



「チェスカちゃん、次は今見えている物を5つ数えてみましょう」


「布団……ベッド……枕……窓……床」


「そうね。次は触れている物を4つ数えてみて」


「あたしの腕……服……布団……壁」


「その調子。次は聞こえる音を3つ教えてくれるかしら?」


「あたしの呼吸……鳥の声……おかみさんの優しい鼓動」


「じゃあ、匂う物を2つ教えてくれるかしら?」


「新品の布の匂いと……石鹸の匂い」


「じゃあ、最後ね。今、チェスカちゃんが感じている味は?」その瞬間、口の中の刺激臭よりももっとねっとりとした味を感じた。

「血の味しか……しない」その瞬間、涙が溢れる。嗚咽と涙でグシャグシャになりながらあたしは泣く事しか出来なかった。


「チェスカちゃん、よく頑張ったわね。 今、わたしが触っても大丈夫かしら?」あたしはおかみさんの問いに頷くと頭を数回撫でてから、ゆっくりとに優しく背中をさすってくれた。背中越しから伝わる柔らかく優しい手がとても暖かかった。

「おかみさん…… あたし――」おかみさんはそっと人差し指をあたしの口元に当て、「しー」と言う。


「チェスカちゃん、今は無理に話す必要はないわ。ゆっくりしなさいわたしはあなたの味方よ」ゆっくりとアタシを優しく抱きしめた。小柄な身体から聞こえるやさしい鼓動の音。おかみさんの鼓動や呼吸の音、匂いを感じ、彼女の大きなぬくもりが全身に広がっていく。


「ありがとう……」その一言はアタシが今日やっとまともに出た言葉だった。


 あれから数日、あたしはおかみさんと二人で暮らしている。

 おかみさんはゴブリンの女性で背は低いが肝っ玉の大きな女性。親父さんは人間でグエルは男性のゴブリンだが背が高い。

 グエルと親父さんは工房で寝泊まりしていて、なんだか悪い気はしていたが、おかみさんにその事を話すと「いいのよ。それよりも品出しや、生地を出し入れして整理してくれるのはとても助かるわ」と言ってくれて少し嬉しかった。


 それでも恐怖があたしを掴んで離さなかった。

 この前は、仕立ての生地を切る音で呼吸が苦しくなる事があった。それでもおかみさんはあたしに付き添ってくれた。

 おかみさんは呼吸法の他にも5つの見える物数え、4つの触れる物、3つの聞こえる物、2つの匂う物、1つの味わう物。視覚・聴覚・触覚の三叉路に灯をともす。これをヘカテの三叉灯(さんとう)と教えてくれた。

 不安に感じたりした時はなるべく数えて落ち着くようにする。最初は上手く出来なかったがある物が役に立った。そうタバコの存在だった。trinity(トリニティ)と書かれた箱はポケットに入っていた。箱には魔女からのメモが入っていて、吸い方と無くなっても650J(ジュエル)を入れれば補充されるという物。早速、火をつけると煙に咽せ、咳き込むが口の中の清涼感が心地よかった。最初は隠れて吸ってたけど、ある日、おかみさんに見つかって「チェスカちゃん。タバコはいいけど吸いすぎはダメよ。あと――」この後、おかみさんとの約束で1つポイ捨てはしない。2つ商品の近くでは吸わない。3つ吸いすぎはダメと言われた。そしておかみさんから吸殻を入れる為の瓶を貰った。



「おぉ、チェスカ、もういいのか?」


「うぉわ、グ、グエルかよ」あたしはあわてて扉を閉めて扉越しにグエルと話す。ここ数日でここまで出来るようになったが、あたしとしてはこれが限界だった。


「ったく、俺だって心配してるんだからな」


(わかってる……)あたしは何も答える事が出来なかった。わかっているけど、どうしても目の前に男がいる事実が怖かった。


「ごめん、お前の事を助けてやれなくて……」


「別にグエルが悪いわけじゃない。悪いのは――」


「あの後、家を見に行ったんだけど焼けてなにも残ってなかった。もしよかったら、このまま俺達と暮らさないか? 俺が一緒ならお前の事を守ってやれるし、一生悲しませたりはしない」


「それって、結婚するって事か?」とアタシが聞くと「べ、別にそんなんじゃねぇよ」と慌てたような答えに笑ってしまった。


 あたしは早くなりそうになる鼓動を誤魔化す為にタバコを咥え、火をつけてゆっくりと煙を吐きながら「悪いけど、あたしはグエルの気持ちに答える事が出来ない」と答えた。


「な、何でだよ」


「あたしが居たら迷惑が掛かる」


「じゃあ、俺もお前と一緒にこの村を出る。 それなら……」


 不意に継母の言葉がアタシの頭に響き、不快感をタバコで誤魔化す。

 本当は話したくないけど、話さなければアタシもグエルも前に進む事は出来ない。

 自分の都合でこれ以上、彼を振り回すわけにはいかず。

 傷ついたとしても、真実を話す必要あると震える身体を押さえる様に覚悟を決める。



「まぁ聞けよ。 アタシは結婚してもあんたの子供は産むことは出来ない」


「それでも…… 俺はお前の傍に居たい。チェスカの事を支えたい」


「それでもじゃねぇんだ。 ガキの時、アタシに話したことがあったよな。 俺もいつか父ちゃんみたいな父親になるんだって」


「でも、ガキの頃だろ?」


「そうだよ! でもな、今はそれでもいいさ。互いに好きでいられたら、困難だって乗り越えられるって思ってるだろ? でもその時になってみろ、どうなるかなんてわからない」


「俺の事が……信用できないのか?」本当は嬉しかった。グエルはそう言う奴だって知っているからこそ、でもだからこそ、アタシはここで甘えずに言う必要があった。


「そうじゃねぇ! アタシは…… あたしは怖いんだよ。 抱かれる以上にあんたの人生を棒に振る事になるってのが受け止めきれねぇんだよ」


 本当は、子供が産めない事を秘密にしておきたかった。妊娠し、子を産み育てると言う、女性が唯一出来る事が出来ないあたしと言う名の重荷を、あいつの人生に、背負わせたくなかったからだ。

 それは、男性を抱く以上にアタシには耐える事の出来ない事だった。



「わかっただろ…… あたしはあんたの気持ちには答えられないし、自分の事で手がいっぱいで他の事を考える事なんか出来ないんだよ」


「チェスカ、泣いてるのか?」


「タバコの煙が染みただけ」と答え、タバコを吸うと湿ったような煙の味が口に広がり、吐き出した煙だけがふわりと浮かび消えていく。


「チェスカ、俺は、お前のことが好きなんだ」


(あぁ知ってる)でもあたしは泣いてはいけない、涙を流してはいけないと必死にこらえる。


「ごめん、あたしの気持ちは変わらない。でも…… ありがとう」


 グエルが悪いわけじゃないし、あたしにこれ以上突き合わせるつもりもない。

 あたしなりにケジメを着けたかったからだ。どんなに優しい言葉を掛けられても、その選択は出来なかった。

 側で聞いていたおかみさんもその事に関しては何も言わなかった。


読んで頂いてありがとうございます。

面白そう、続きが気になる。そう思っていただけましたらブックマークや評価をして頂けると、とてもうれしいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ