第3話 裏切りの門出と砕かれた夢 その1
「お姉ちゃん、痣、大丈夫?」
「このくらい平気だって、いつも訓練でちょっと怪我しただけだよ」
その夜ベッドで、妹が痛むだろうからと、学校で習ったばかりの回復の魔法を掛けようとしたが、あたしはそれを断った。確かに魔法は使えるが、今の彼女は魔石を使った魔術が精一杯。それでも練習だからと、その純粋な笑顔に押され、了承する事にした。
「じゃあ行くよ」
「お手柔らかに」
ケイトの手が光り、腕の痣に光が当たり、痣が消えていく。暗い部屋に微かに光る暖かな灯りに妹の顔が照らされるそれは、美しかった。まだうまく使えずに傷の回復は少しだが継母とは違い痛みは無く、光は暖かく傷を通して腕全体に広がり心地よかった。
邪心にも、あの義母からは考えられないほど素直で優しい女の子だ。
あたしは妹を優しく抱きしめる。
「ありがとう、ケイト」
「お、お姉ちゃん!?わ、私の魔法が未熟だから……」
「それでも、ありがとなケイト」
月明かりに照らされた妹の顔を見ると、「おやすみ」と言いながら慌ててベッドに戻って行った。あたしもベッドに入り、目を閉じ、妹は絶対に幸せにしなければと改めて決意する。
翌朝
今日は休日だけどあたしの日課は変わらない。日が出る前には起床し、夕食のパンの残りを1つカバンに入れ、軽く身体をほぐし走る。
村の外れの森にある、秘密の練習場で、今日は木に縄を巻き、拳を打つ。
突き、蹴り、ひじ打ちなど、人間やモンスターに見立て打ち込んでいく。地面に汗が水溜りとなり、日が昇ったところで終了。次は岩を結んだ縄を滑車で引っ張る。
滑車を吊った木が音を立てる。腕の力だけではなく、腰や全身を使うイメージで縄を引く。
「くぅおぉのぉぉ!」手掌に縄が食い込み、痛みが走るが200回を超えたところで限界に達し、縄を離す。岩が地面にめり込み。あたしも地面に座る。
日差しの暑さと身体の熱さと流れる汗が、不快感を倍増させる。
近くの川で顔を洗うと手の平には縄の跡がくっきりと赤く浮かび、水に浸けると冷たさが痛みをやさしく包む。
顔を洗い、汗を洗い落とすと、風の清涼感が気持ちよかった。水面に映った褐色の肌と黒髪を見ながら継母が言ったことを思い出す。
(高く買い取ってもらう)継母があたしに対して言う事を聞かないといつも言われた言葉。
川底の石を掴み握りながら胸に痛みを紛らわせるように石を投げ、気持ちを切り替える。狙って投げた石が岩や木の的に当る。
その後、何個か石を投げると調子よく20個中半分以上が命中する。
風の方向、距離、投げる角度、力の入れ方を計算して投げ続けている。最初はまず当たることはなかったが何度も続けるうちに命中する事が多くなり今では百発百中だ。
この日も薪を割り、村に売りに行ってから帰宅し、いつものように売上金を出す。
「いい加減にしなさい!これで何度目なの?」
「ごめんなさい」それは些細なミスだった。
うっかり、薪の売り上げが20J少なく、数字が合わないことに継母が腹を立てたのだった。
(いつまでこんな事を続ければいいのだろう?)
あたしは叩かれた左の頬をさすりながら、継母の睨みつける眼は駄犬を躾けるかのように睨んでいた。
あたしはそれを見ているしかなかった。
「何よその目……。 気に入らないっていうの?」継母は右手を振り上げ、あたしを叩こうとした瞬間、とっさに左腕で防ぐ形をとる。
「くぅっ あんた、私にこんな事していいと思ってるの?」継母は左手で右手を抑え、あたしを睨みつける。
毎日見ているんだ。本当は防ぐことなんて造作もなかった。
(ざまぁみろ、あたしの事を甘く見ていたからだ)思わぬ行動に驚いたのか、継母はそれ以上は何もしてこなかった。
ちょっとした優越感が心を満たし、抵抗の意思を見せた以上、彼女も少しはわかるだろう。
そう思っていた。
父さんやケイトが帰ってきて夕食もいつも通り、何の会話もなく進んでいる。
しかし、今日は違う、小さいけど継母に反抗したこと。あたしはこれで何かが変われると、淡い期待を持っていた。
「あなた……。 実は話があるの」
「なんだい、急に……」
あたしは継母の話を気にすることなく、食事を進めていた。
話しを聞かないふりをして、パンをお替りしようと手を伸ばした時。「今日、チェスカちゃんを叱ったらね。 これ……」
彼女は青く滲んだ腕の内出血を父親に見せた。「どうしたんだそれは」と驚くと同時にあたしを見た。
「今日、薪を売ったお金が200J少なかった事を聞いたらいきなり……」
「どう言うことだ! 母さんに暴力をふるったのか!!」
「あたしはそんなことはしていない!」
「お、お姉ちゃん……」
あたしは力いっぱいに否定したが父親の顔はみるみる歪み、妹もあたしを見る目がいつもと違っていた。
確かにお釣りを間違えたことは事実だ。
でも金額も違うし、あの痣は彼女からの反撃を防いだ時に出来たもの。
悔しくて継母を見ると少し微笑んでいた。
(こいつのせいで……!)とその微笑みに怒りが沸々と湧いてくるがこの場を収めるために弁明する。
「実は殴られたのは今日だけじゃないの……」
「なんだって?」
「毎回、何か注意するとひどく殴られていたことがあったのでもせっかくできた家族を壊したくなくて、回復魔法でごまかしてきたんだけど……」
「それは!――」反論しようとした時、乾いた音に左頬に鋭い痛みを感じた。
殴られた頬を手で押さえ、殴った相手を睨むと、父親が怒りと悲しみが混じったような顔であたしを見ていた。
「あなた、チェスカちゃんは……」
「この人はなぁ…… お前の事もケイトと同じくらい大事な娘と言っていた人なんだぞ!俺は一人でもお前を育てていくつもりだった。 でもケリーはお前の事を実の娘と思っているとまで言ってくれた。 そんな人を!」
鋭い痛みが右頬を打った。
口腔に血の味が広がり、この状況と合わさって不快感が倍増される。
もう、あたしが何を言っても無駄だと感じた。
めそめそ泣く継母に父親が寄り添い背中をさすり抱きしめていた。
父親はもう、完全に継母の味方だ。
「お姉ちゃん……最低だよ」妹の目はまるでこれまでの事をすべて忘れたように軽蔑したようね目であたしを見ていた。
「待ちなさい、話はまだ終わっていない!」あたしは立ち上がり、継母の声を無視して家の扉を開け、暗闇の中を無我夢中で走る。
涙が頬を流れても立ち止まることない。
止まってしまえばどうかなってしまいそうになる。
(どうしてこうなった?あたしは何も悪くない!)と感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「ハァ…… ハァ……」息が切れそうになりながら町に着いていた。
あたしの気持ちとは対照的に飲み屋から笑い声が聞こえる。
何処に行く当てもなく、フラフラとゾンビのように彷徨う。
少女の独り身、しかも夜の町ときたら、ろくでなしが寄ってくるのは時間の問題だったが、そんなことはどうでもいい、やけくそで娼婦になるのもいいかもと思えてきた。
「よう姉ちゃん、一人で何してるんですか~」
「俺たちと一緒にいいとこ行こうぜ~」酒の匂いをプンプンさせ二人の男が近づいてきた。
手には酒瓶、胸には簡易の鎧、腰には剣を差している。
おそらく、冒険者の類だろうか?
依頼の成功からか祝杯をというところか少しは金があるとみて、(こいつらに抱かれるのも……)と考えてしまう。
あたしは思い直し、男達を押し退けて走って秘密の練習場に向かった。
「ここなら誰も居ない」
訓練所についたら薪に火をつけ横になる。
暖かな火がパチパチと燃える中、銃(お守り)を抱きしめて眠りに就く。
もしかしたら父親があたしを探しているかもしれない。居なくなったあたしを心配して明日になって家に帰れば父親が優しく向かえてくれる。怒られるのは覚悟している。
でも、それ以上に撫でて抱きしめてくれて、父親に怒られた継母があたしに謝り、和解する事を想像する。
(明日はいい日になるかな)そんな日を願いながらあたしは目を閉じた……
翌朝、あたしはゆっくりと起き上がる。(誰も来てないか……)周りを見ても誰も居ない。父親どころかケイトすらいない事に少し落胆する。気を取り直して川の水で顔を洗い、身支度を整える。
その時、奥の茂みが揺れる音がした。傍に置いてあった斧をもって構える。「だれだ?」あたしがにらみつける方向からガサガサと音がして一人の人物が現れた。
「おぉ怖いね。やっと見つけたよ。黒髪のお姉さん」
「こ、こんな早くに何の用だよ」父親ではない事と魔法が使えない事を考え、退路を確保しないとと警戒する。
「実は一人になるチャンスを狙ってたんだよね。ちょっとぐらい一緒に遊ぼうよ。お姉さん…… いや、チェスカちゃん」
「何であたしの名――」
「ハイドロショック!」川の水が集まり避ける間もなく、あたしの腹部を強打し、次の瞬間、鈍い音と共に頭部に鋭い痛みが走る。
地面に倒れ、目の前がチカチカし、激痛と混乱が合わさり、思考が追い付かなくなる。
「ったく、出来損ないの癖に手間をかけさせやがって」と男はあたしをそのまま抱え、どこかに連れていかれ視界がゆっくりと暗くなった。
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