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日々を消化するだけ

作者: P4rn0s

駅前のベンチに腰を下ろすと、アスファルトの隙間から小さな草が顔を出していた。

朝から歩き続けて、靴の中は少し蒸れている。

ふと、このまま靴を脱いでしまったら、どこまで行けるだろうと考える。

冷たいコンクリートも、温かい日向も、全部足裏で感じながら、ただ前へ進む。

きっとあなたがいたら、「そんなことしたら汚れるよ」と笑うのだろう。

でも、その声すらもう聞こえない。


商店街を抜けると、昼の匂いが漂ってきた。

揚げたてのコロッケ、焼き立てのパン、少し焦げた醤油の匂い。

その中に、なぜかあなたの好きだった紅茶の香りを探してしまう。

実際にはそんな匂いはないのに、風が吹くたび、胸の奥がざわめく。


信号待ちの間、無意識に左隣を見てしまう。

そこにはもちろん誰もいない。

でも、青信号になるとき、自然と一歩を合わせてしまうのは、まだ癖が抜けないからだ。

あなたと並んで歩いたときの歩幅が、体に染み付いている。


公園のベンチに座り、水筒のぬるいお茶を一口飲む。

空は穏やかで、雲が低く流れている。

あの向こうに何があるか、ふたりでよく想像した。

くだらないことばかり話して、笑って、でもなぜか本気で信じていた。

今、同じ空を見ても、その想像は私ひとりでは完成しない。

あなたの声や、間の取り方や、目線の動きがないと、空想は途中で途切れてしまう。


日が傾きはじめ、街の影が長く伸びる。

家路につく人々の足音が重なり合い、私はその流れから少し外れて歩く。

どこに行くあてもないのに、帰る場所があるふりをして。

あなたがいない今でも、きっとどこかでまた会えるような気がしている。

理由なんてない。ただ、そう思うことだけが私を支えている。


家に戻ると、薄暗い部屋の中に昼間の熱がこもっていた。

窓を開け、カーテンが風に揺れる音を聞く。

その音が、遠い昔、あなたが笑ったときの息づかいに似ていて、胸が詰まる。

誰もいないはずの部屋で、ふいに「ただいま」と声が出てしまう。

返事はない。それでも、言わずにはいられなかった。


今日も、あなたのいない日常を歩いた。

それは確かに現実なのに、心のどこかではまだ、あなたと歩き続けている。

いつか、その道がどこかで合流するようにと願いながら。

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