しろ - 表
子どもの頃に探しても、見つからなかったもの。
大人になってからも、ふと胸をつかむように残っていることがあります。
今宵は、夏の帰省とともにやってきた、小さな再会の話。
忘れなかった想いが、きっと道をつくります。
祖父が亡くなったという報せを受けて、久しぶりに田舎の町を訪れた。
思えば、小学生の頃の夏休みは毎年ここで過ごしていた。
そして、神社の池のそばでよく遊んだ、白い猫のことを思い出した。
名前をつけていた。
「しろ」。
仲良くなった神主さんもその猫を気に入って、しろって呼んでいたっけ。
痩せていたけど、やたら人懐っこい猫だった。
麦茶を飲んでると寄ってきて、境内の木陰で一緒に昼寝して。
「大人になったら、また会いにくるからね」
そう言って最後の夏を過ごし、それっきり町には来なかった。
葬儀が終わった翌朝、何の気なしに神社へ立ち寄った。
懐かしい風の音。蝉の声。池の水面には、空がよく映っていた。
そのとき――池の縁に、何かが動いた。
白い、猫だった。
まっすぐ、こちらを見ていた。
「……しろ……?」
思わず呼びかけると、猫は近づいてきて、僕の足元にすり寄った。
何年も経ったはずなのに、あの頃と同じ目をしていた。
夢のような気持ちで撫でると、猫はぴたりと動きを止め、水面のほうを見た。
そこに、短冊が浮いていた。
古びて、文字はにじんでいたけれど、かすかに読めた。
――また、しろと会えますように。
たしかに、僕が小学生の夏に書いて、風で飛んでしまった短冊だった。
ふと顔を上げると、猫はいなかった。
水音も、蝉の声も消えていた。
その日の夕方、神社の脇にある掲示板に気づいた。
「境内の白猫“しろ”、20年前に大往生しました」と書かれていた。
泣くつもりなんてなかったのに、気づけば手のひらが濡れていた。
帰り際、池に向かってそっと頭を下げた。
――また、夏に来るよ。しろ。
会えなかった時間より、覚えていてくれた気持ちが嬉しかった。
それが、帰り道を照らしてくれたのかもしれません。
夏の夕暮れ、水たまりの奥で誰かが立ち止まっていたら――
その子は、あなたが願った誰かかもしれません。