陰キャな彼女が好き
3作目です。山も谷も無く平坦なお話です。すこーしだけBL妄想が入りますのでご注意下さい。前作の人物が登場しますが、読まなくても大丈夫な様になっています。
伯爵令嬢のリディアは人を観察するのが好きだ。今は貴族学校に通っており、残り半年で卒業になる。卒業後は城で文官として働きたいと思っている。婚約者の許可が必要ではあるが。
この王国では貴族であっても、実力さえあれば男女問わず働く事が出来る。今の国王になってからの方針らしい。
もうすぐ採用最終試験があるので、勉強しなくてはと思いつつ今日も今日とて、教室にて人間観察をしながら妄想に耽っていた。
『フェリクス。もう少しこちらへおいで。』
『カイラス、人目があって恥ずかしい…』
『恥ずかしがっているフェリクスは可愛いな。』
現在、絶賛妄想中なのは婚約者カイラスと第三王子フェリクスの組合せである。
ちなみに、少し前までは婚約者カイラスと宰相令息の組合せだった。
(今回は中々だわ!あの凶悪(と言われている)がデレるところがいいわ。)
(カイラス様はいつも汎用性が高いわね。)
(これは流石に不敬かしら…)
(でも大丈夫!私の頭の中だけだから!)
リディアは自分の席に座っており、手元の本に目を落とした。頭の中では妄想の嵐である。
傍から見れば、亜麻色の髪の少女がただ勉強をしているだけのように見えているだけだった。
◆ ◆
ーーーリディア。また絡でもない妄想をしているな。
侯爵令息であるカイラスは、教室の隅の席に着いている婚約者リディアを見て、ため息をついた。
◆ ◆
私たちの婚約が決まったのは十歳の時だ。お互いの家が城で文官の仕事をしている。父親同士が仲が良く酒の席の酔った勢いで決めたらしい。重要な事なのにそんな簡単に決めるのか!十歳にしては落ち着いているカイラスは憤りを感じた。
カイラスは幼い頃から、他人の顔を見ると考えている事が何となくわかってしまう。なので、自分の立ち回りを考え、達観した落ち着きのある子どもに成長した。決して心が読める訳では無い。
カイラスはサラサラの黒髪でガーネットの瞳をした端正な顔立ちをし、侯爵家の跡継ぎのため、幼いながらも上下関係無くご令嬢からはモテた。だが、ご令嬢たちは押しが強く相手にすると気疲れし、しかも打算的な考えをしているのがわかり、あまり関わりたく無かった。そんな時に婚約の話が出たので、げんなりしていた。
ある日、顔合わせでリディアと初めて会った。ふわふわとした亜麻色の髪の彼女は翡翠の瞳で伏し目がちにカイラスに挨拶の礼をした。
リディアはとても物静かな女の子だった。どうやら会話が苦手なようだ。しかし不思議な事にカイラスはそれしかわからなかった。
初めて他人の考えが、読めなかった。
母親同士でのお茶会や外出などでリディアに何度か会ったが、やはりまるで読めなかった。いつも俯きがちで目も合わないし、会話も無かった。
リディアが何を考えてるのかを知りたい。次第にそう強く思うようになっていった。
やがて、十五歳になり同じ貴族学校へ入学した。
◆ ◆
貴族学校に通うのは十五歳から十八歳までの三年間である。三クラスに分かれており、毎年クラス替えがある。色々な人と一様に関われるようにと学校の方針だ。
カイラスとは別のクラスになった。全く知り合いのいないリディアは一人でいる事が多かったが、特に苦では無い。
リディアは他人と関わるのが苦手だ。勉強の話をする事は出来ても、それ以外は話が広がらない。幼い頃からカイラスとのお茶会以外はほぼ参加しなかったため、仲の良い者はいなかった。
そんなカイラスとも会話が弾んだ事は一度も無かった。『最悪、婚約破棄になっても仕事をしていれば自分一人で生活出来るはず。』リディアは貴族令嬢らしからぬ考えの持ち主だった。
この王国では『貴族であっても、実力さえあれば男女問わず働く事が出来る』とされているが、女性は結婚したら家に入り跡継ぎを産むのが仕事だという保守的な考えは特に上位貴族の中ではまだまだ多い。とはいえリディアの家の家訓は『実力主義』であるのでこれに該当しない。
その考え方はこのような家風で育ち、色々な本を読んで身に付いた。文官系の家であるため、幼い頃から沢山の本に触れ知識を吸収していった。リディアは視野の広い勉強の虫になっていった。
◆ ◆
この学校は年に二回中間と期末に試験がある。成績上位五名が試験の時に発表される。初めての試験でリディアは一位だった。それからはクラスの人達から一目置かれるようになった。試験前になるとたまにクラスメイトから勉強について聞かれる事があったが、勉強以外の会話は無かったし、それすらも続かなかった。
カイラスは、入学早々リディアのクラスでの様子が気になり、休み時間の度にリディアの教室の出入口で隠れるように観察していた。リディアはそれに気付いていない。
(なんで同じクラスではないんだ。)
(リディアは誰とも話してないな。)
(もう少し愛想良くした方がいい。)
(いや、愛想良くしたら令息どもが寄ってくるか。)
リディアは俯きがちであるため地味に見えるが、よくよく見ると顔は整っている。実はカイラスはリディアに一目惚れだった。さらに物静かで柔らかな雰囲気も心地良かった。
◆ ◆
あっという間に一年が過ぎ、二学年に進級しクラス替えが行われた。一年の時と同様知り合いはいない。今回もカイラスと同じクラスにならなかった。
リディアはいつものように静かに教室の隅で本を読んでいた。様々なジャンルの本を読み、他国の言葉も多少なら理解出来る。現実主義者ではあるが、一方でファンタジーも好きである。特に魔法系だ。幼い頃はどうしても魔法を使ってみたくて、魔法使いの本を読み倒し、そこに書いてある魔法を試したり、箒に乗ったりしたけれど当然出来なかった。幼いながら魔法は無いという現実を知った。
(あの頃は純粋だったな。)
(昔は魔法があったみたいだし。)
(どこかに魔法使いいないかな。)
この王国に魔法使いがいる事を、この時のリディアはまだ知らない。
ふと、幼い頃を思い出していた時、事件は起きた。教室で伯爵令息と伯爵令嬢が隣同士肩を寄せ合って座り、手を繋ぎ始めたように見えた。するとすぐに他のクラスの伯爵令嬢の婚約者が怒り心頭の様子で教室に入ってきたかと思えば、伯爵令息をいきなり殴ったのだ。
周りは殴った令息を止める者や、泣き叫ぶ令嬢、口から血を流し座り込んでいる伯爵令息を介抱する者など、様々な人間模様を見た。小説みたいな事件が目の前で起きている。驚いたが静かに座って本に目をやりつつ、不謹慎なのは重々承知だが少々心が躍った。
その後、殴った侯爵令息の勘違いだった事がわかった。たまたま伯爵令嬢の手に何かが刺さり、医者の家系である伯爵令息が手の様子を見ているだけであったのだ。侯爵令息は謝罪し、伯爵令息も受け入れがっちり握手をして抱き合った。
(短気な男の人は良くないわね)
(口喧嘩だったらどのような展開になったのかしら)
(伯爵令息は何だかうっとりしているような…)
(もしかして侯爵令息の事を…なんてね)
一連の流れを見て、若干感情が動き始めたリディアだった。他人に興味がないリディアではあるが他人を使って色々妄想するようになっていった。
その様子を見ていたカイラスはリディアのごく僅かな変化に気付いた。
◆ ◆
最終学年に進級した。リディアと同じクラスには婚約者カイラスと凶悪(と言われている)第三王子フェリクスと宰相令息など個性豊かな人物が集まった。
この王国の第三王子は常に目つきが悪く大柄な体格で凶悪な雰囲気を醸し出している。ご令嬢達は怖いと裏で噂をしているがリディアはあまり感じなかった。護衛付人(という名のお目付役)という名目で同じクラスの令息達が持ち回りで第三王子の傍にいなければならない。第三王子は固辞しているが、本人の意思を無視した王家からの要望だ。今回は宰相令息であった。
(ふふっ。護衛なんて必要なさそう。)
(第三王子が一番強そうだしね。)
(宰相令息はどんな方なのかしら。)
(冷静かつ沈着?それとも腹黒?)
相変わらず涼しい顔をして他人を観察しているリディアにカイラスは気付かれないようリディアを観察している。リディアの斜め後ろの席を獲得した。
(最近リディアは宰相令息の事を見過ぎではないか)
(何なんだ!私という者がいるのに)
(まさかアイツの事が!)
(ダメだ!アイツは大人しそうに見えて女癖が悪いんだ!)
(ん?第三王子の事も見ているではないか!)
(ダメだ!何せ凶悪で綺麗なゴリだからな!意味はわからんが。)
(なぜだ!急に他人に興味を持ち始めて!)
(私だけに興味を持てばいい!)
と、カイラスは悶々としていた。
(何だかしっくり来ないわね。)
(第三王子と宰相令息の組合せは無しね。)
そろそろ第三王子の護衛付人(という名のお目付役)の担当がカイラスに回ってくる頃だった。その前に宰相令息がカイラスに引継ぎを行っていた。それを見たリディアはまた観察を始めた。
(カイラス様と宰相令息)
(カイラス様…婚約者だけどほとんど話した事無いかも)
(どんな人だっけ…)
リディアは改めてカイラスを観察し始めた。リディアから見たカイラスは見た目は整ってるのだろうなぁとぼんやり思った。リディアは見た目は気にならないタイプで、とりあえず清潔感させあればいいという具合である。
さらに観察すると、カイラスはとても気遣いが出来、他人の事をよくわかっているように見えた。
(あれ?もしかしてカイラス様ってご令嬢に人気があるみたい)
(令息の相談に乗ってるみたいだし)
(クラスメイトに分け隔てなく接していて人望もあるみたい)
(成績も上位に入っているし)
(もしかしてだけどとても有望な男性なのかも)
(…)
(私なんかが婚約者でいいのかな…)
(これといった取り柄もないし…)
(他人と上手く話せないし…)
(…)
(あまり考えないようにしよう!)
(婚約破棄されたらそれまでだわ!)
リディアは自己評価が低かった。しかし、くよくよ思い悩む性格ではなかった。
◆ ◆
(リディアが私の事を見ている?!)
(私の念が通じたのか?!)
(急に何があったのだ?!嬉しいけれども!)
(具合でも悪いのか?)
(ん?)
(隣にいる宰相令息が気になるのか?!)
(コイツはダメだと念を送ったはずだ!)
(女癖が悪いからな!)
カイラスは涼しい顔をして宰相令息と話しているがリディアの事で頭がいっぱいだった。
(こんなに宰相令息を見ているなんて)
(もしかしたら…考えたくはないが…)
(リディアは宰相令息が好きなのか…)
カイラスはそう結論付けた。
(こうなったら行動するしかない!)
カイラスは立ち上がった。
◆ ◆
「リディア話がある。」
神妙な面持ちのカイラスは、下校しようとしていたリディアに言った。入学して二年半、あと半年で卒業という頃に初めて話しかけた。
リディアは驚き、目をパチパチさせた。
(くっ!可愛い!)
「どのようなお話なのでしょう。」
リディアは戸惑いつつ聞いた。
(声も可愛い!)
「…あの…」
何も言わないカイラスにリディアは何と言ったらいいか困っていた。
カイラスは咳払いをし「大事な話だ。他に聞かれたくない。私の家に来てもらおう。」と言った。
「今からですか?」
「ああ。」
「家に連絡をしておりませんし、手土産もございません。後日改めての訪問でよろしいですか?」
カイラスは首を横に振った。
「今すぐ向かう。リディアの家にも私の家にも先触れを出してあるので心配は無い。」
(何だろう。とても真剣な…もしかして婚約破棄の話なのかな。)
「…はい。」リディアは了承した。
学校からカイラスの家は非常に近く、徒歩5分だ。
「歩きだが、良いか?」
「はい。」
会話は続かず5分がとても長く感じた。
カイラスの家に着いた。使用人に出迎えられると、玄関ホールにはカイラスの母がいた。
「あらあらあら!リディアちゃん!いらっしゃい!」
「入学してからいつ来てくれるのかと首を長くして待っていたのよ!」
「お茶とお菓子を用意してあるの!」
「一緒にお話ししたいわ!」
「ありがとうございます。お邪魔します。」
「手ぶらで申し訳ございません。」リディアは頭を下げた。
「もう!そんなにかしこまらなくていいのよ!」
「どうせカイラスが無理を言ったのでしょう!」
「直にうちの子になるのだし!」
「この前もリディアちゃんのお母様とお茶をしたのよ!」
「その時にね…」
矢継ぎ早に話し出した。侯爵夫人だがとても気さくで気安い方である。
「母上。」
「今日はリディアは私と話がある。お茶は後日にしてくれ。」カイラスは低い声で言った。
「まぁ〜怖い怖い。」
「リディアちゃん!ゆっくりしていってね!」
「遅くなったら泊まってもいいのよ!」
侯爵夫人はニコニコしながら他の部屋へ消えて行った。玄関ホールは静まり返った。
◆ ◆
応接室に案内された。テーブルを挟み向かい合わせに腰掛けた。人払いをしているが扉は少し開いている。
「リディア。率直に聞こう。」
「私の事をどう思っている?はっきり言ってくれ!」
カイラスは姿勢を正し真っ直ぐリディアに向いて言った。
俯いていたリディアはカイラスの深刻な雰囲気に圧倒され、居住まいを正し顔を上げた。初めてカイラスと目が合った。
(とても綺麗なガーネットの瞳…)
カイラスを正面から見たリディアは美しい瞳の色につい見とれてしまった。
(いけない!真剣に話さなきゃ。)
「カイラス様は人望が厚く周りから信頼され、素晴らしい方だと思います。」
カイラスはがくりと肩を落とした。
「そういう事を聞いているのではない。」
「言い方を変えよう。」
「私と結婚したいと思っているか?」
(これってやっぱり、婚約破棄の話だわ。)
(侯爵家から言われたら断れないわね。)
「家の取り決めですので。しかし、もし他に条件の良い方がおられるのであればどうぞそちらへ。私は卒業後は城で働きたいと思っておりますので、心配は無用でございます。」
リディアにしては珍しく一息で話した。
「何でそうなるんだ…」さらに肩を落としたカイラスがボソリと言った。
「婚約破棄はしない。」
(やはりリディアは読めない。聞きたくないがこうなったら聞くしかない。)
「リディアは宰相令息が好きなのか?」
(何で唐突に宰相令息の事が出てくるのかしら?)
リディアはハッとし、思いついた。
(もしかして、カイラス様は宰相令息の事が…)
(婚約は破棄せず、私を隠れ蓑にして宰相令息とお付き合いをしたいのかしら?)
「宰相令息の事は好きではございません。」
「カイラス様が宰相令息とお付き合いするのであれば私は邪魔を致しません。」
カイラスはソファに倒れ込んだ。
急な出来事にリディアは驚き、すぐにカイラスを介抱しようとした。
「カイラス様、大丈夫ですか?」
するとカイラスはむくりと起き上がり、リディアの手首を掴み引っ張って抱き寄せハッキリと言った。
「私が好きなのはリディアだ!」
「初めて会った時からずっとだ!」
「何で私だけがこんなに好きなんだ!」
「他の人を見ないで欲しい!」
「私を好きになってくれ…」
「…カイラス様は私の事が好きだったのですか?!」
「そこからなのか!」
二人の様子をこっそり伺っていた侯爵夫人は「カイラスも前途多難ね。」と呟いた。
◆ ◆
そこからはカイラスの猛アピールが続いた。黙っていてもリディアには何も伝わらないのがわかったからだ。そして相変わらずリディアだけ考えが読めない。
人目を憚らずリディアにピッタリくっついており離れない。学校の登下校も休み時間も昼食もずっと一緒だ。
冷静沈着だったカイラスのあまりの変貌ぶりに周囲はざわついた。
そうしているうちにカイラスは護衛付人(という名のお目付役)の順番になった。
「リディアから離れたくない!」
「護衛付人(という名のお目付役)をしたくない!」
カイラスは駄々を捏ね始めた。
「カイラス様、お役目ですから。そうおっしゃっては不敬ですよ。」
「…くっ」
「全うなさってくださいませ。」
「…しかし。」
「きちんと達成しましたら、何かご褒美を差し上げますから。」
カイラスの表情がぱあっと明るくなった。
「…ご褒美…絶対だからな!」
次第にリディアはカイラスに絆され、扱いに慣れていった。
(何だかカイラス様は可愛らしいわ。)
(完璧だと思っていたけれど、子供みたいなところがあるわね。)
(ご褒美は魔法使いの本にしようかしら。)
冷静沈着だったリディアのあまりの変貌ぶりに周囲はさらにざわついた。
しぶしぶカイラスは第三王子の護衛付人(という名のお目付役)になった。切り替えてお仕事モードにならなくては。常に第三王子の傍にいなくてはならない。
第三王子は凶悪な雰囲気を醸し出してはいるが根は良さそうなお方だとカイラスは思った。何か事情があるのだろうか。そこまで踏み込むべきではないな。カイラスは一歩引いて第三王子を見ていた。
それをリディアは観察していた。妄想するのは相変わらずである。少しだけ口角が上がっている。
ーーーリディア。また絡でもない妄想をしているな。
カイラスはため息をついた。
後でわからせないとな。…役目を全うした時のご褒美は何にしようか。
カイラスのガーネットの瞳がギラリと光った。
(完)
そこまで陰キャでは無かったかも。