前世の記憶持ち喪…モブ女兵士、うっかりラスボス魔王を助けたら懐かれました
臆病で天然なヒロインと激アマ魔王との恋愛劇です。
お楽しみください。
「死にたくない…!」
土埃と怒号が飛び交う戦場の片隅で、私、ユキはただひたすらに念じていた。
前世は日本で生きていた、雪という名のしがない会社員。いや、正しくは彼氏いない歴イコール年齢、コミュ障気味で友達も少ない、筋金入りの「喪女」だった。キラキラした青春? リア充? そんなものは異次元の話だった。薄暗い部屋でネットかゲームが友達だった私が、なぜか死んだ拍子に剣と魔法のファンタジー世界、しかも戦争真っ只中の王国に、モブ兵士Aとして転生してしまったのだ。
(なんで私がこんな目に…! 今世こそ平穏に、目立たず、こっそり生きたいって願ったのに!)
周囲の兵士たちが「うおおお!」とか「魔王軍を倒して英雄に!」とか叫んでいるのが遠くに聞こえる。どうせ私なんかが活躍できるわけないし、万が一敵の大将を倒せたとしても、英雄の隣に立つのは光り輝く聖女様か美人の女騎士様でしょ? モブはモブらしく、命あっての物種、こっそり生き延びるのが最優先事項だ。
幸い、戦いの火蓋が切られた直後の混乱は凄まじかった。私はこの機を逃さず、訓練で覚えた匍匐前進(これだけは得意だった)で、するすると戦線を離脱。誰にも気づかれることなく、後方の森へと逃げ込むことに成功した。
「ふぅ…、ここまで来れば…」
木の幹に背を預け、荒い息を整える。しかし、安堵したのも束の間だった。
森の奥、木漏れ日が差す開けた場所に、誰かが倒れているのが見えた。
(え…? まさか追手!? いや、でも様子が…)
恐る恐る近づいて、息を呑んだ。
そこにいたのは、人間ではありえないほどの美貌を持つ青年だった。漆黒の髪は乱れ、豪奢な黒衣は土と血で汚れ、白い肌には痛々しい傷が無数にある。そして、額からは、魔族の特徴であるらしい二本の滑らかな角が生えていた。尋常じゃない魔力を放ってる。その威圧感は、私が遠目に見たどの魔族よりもずっと強そうだ。
(うわっ…イケメン…! しかも絶対ヤバい奴! 高位の魔族だ…貴族とか将軍とかそういうクラス!?)
血の気が引く。関わったら死ぬ。百パーセント死ぬ。見なかったことにして、全力で逃げるべきだ。喪女の危機回避本能が最高レベルの警報を鳴らしている。
だが、苦悶に歪むその顔と、虚ろに彷徨う真紅の瞳が、私の足を縫い付けた。
(…死にそう。いくら敵でも、さすがにこれは…)
前世で培われた(?)数少ない良心が疼く。どうしよう。でも。
(…ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ手当して、すぐ離れよう!)
意を決して駆け寄り、震える手で鞄から安物の回復ポーションと包帯、そしてけなげな非常食(前世の知識で作った干し芋)を取り出した。傷口にポーションを振りかけ、可能な限り清潔な布で圧迫止血。簡単な処置しかできないが、やらないよりはマシだろう。
「…っ…」
呻き声と共に、彼…高位魔族らしき人物が薄目を開けた。真紅の瞳が私を捉える。その力強さに、体が金縛りにあったように動けなくなる。
「ひっ…!」
恐怖で引きつった声が出た。やばい、殺される!
反射的に後ずさろうとした瞬間、彼の手が伸びてきて、私の着古した兵士服の裾を弱々しく、しかし確実に掴んだ。
「行くな…」
掠れた、だが妙に甘く響く声。
私の心臓は、かつてない勢いで跳ね上がった。
(え? なにこの状況? 喪女に免疫ないんですけど! なんで私がこんな少女漫画みたいな展開に!?)
理解不能な状況に、私の思考回路は完全にショートした。
***
次に意識が戻った時、私はふかふかのベッドの上にいた。天蓋付きの、貴族令嬢でもなかなか寝られないような超豪華ベッドだ。
(…夢? いや、違う。どこだここ?)
混乱しながら体を起こすと、傍らに控えていた、いかめしい執事服を着た老魔族が深々と頭を下げた。
「お目覚めですか、ユキ様」
「ユキって…私のこと? 様付け!? ていうか誰!?」
「私は当城の執事長を務めます、ゼルドと申します。ユキ様は、我が主、魔王アスター様の御客人です」
「ま…魔王!? アスター様…?」
執事長の言葉に、血の気が引いた。あの森で助けた、とんでもなく強そうで美形な高位魔族…あれが、魔王本人だったというのか!?
(嘘でしょ!? 私、ラスボス助けちゃったの!? 死ぬ! 今度こそ本当に死ぬ!)
私が顔面蒼白になっていると、部屋の扉が開き、魔王アスターが入ってきた。傷はすっかり癒え、神々しいほどの美貌をしていた。彼は静かに私を見つめている。
「目が覚めたか、ユキ」
「ま、魔王…様…」
声が震える。アスターはそんな私に構わず、ベッドに近づくと、私の前に跪いた。そして、私の手を取り、恭しく口づける。
「!?」
「ユキ。お前は俺のものだ。俺が生涯をかけて慈しむ」
「は…はひ!?」
意味不明な宣言に、再び変な声が出た。
(え? 慈しむ? 私を? この、喪女オブ喪女のモブ兵士を? 魔王様ってやっぱり頭のネジが…)
こうして、私の魔王城での、恐怖と混乱と、そして理解不能なVIP待遇(という名の軟禁)生活が始まったのだ。
アスターの「慈しむ」宣言は本気だったらしい。彼は文字通り、私を全力で甘やかしてきた。
朝目覚めると、枕元には日替わりで見たこともないような美しい宝石や貴金属が置かれている。「ユキに似合うと思ってな」と得意げなアスターに、私は引きつった笑みを浮かべるしかない。
(いやいやいや! こんなキラキラしたもの、喪女には不釣り合いすぎる! どうせ似合わないし、扱いに困るだけなんですけど! そもそも換金して逃走資金に…いやいや不敬すぎる!)
食事は常にアスターと一緒。彼自ら、私の皿に次々と料理を取り分けてくれる。
「あ、あの、アスター様、自分でできますので…」
「構わん。ユキの世話を焼くのは俺の喜びだ」
にこやかに(しかし有無を言わさぬオーラで)言う彼に、私は「近いです! 慣れてないので心臓に悪いです!」と内心で悲鳴を上げるしかなかった。
ある日、キッチンを借りて前世の記憶を頼りに質素なクッキーを焼いてみた。それをアスターに「お口汚しですが…」と差し出すと、彼は一口食べて目を瞠り、「…美味い。こんな美味いものは初めて食べた…!」と、まさかの涙目。
(えええ!? 味覚大丈夫か、この魔王! それとも魔界の食文化ってどうなってるの!?)
以来、私の手作り(?)お菓子はアスターの大好物となり、頻繁にねだられるようになった。
甘やかしだけではない。アスターの独占欲と嫉妬深さは、私の想像を遥かに超えていた。
私が魔王城のメイドさん(魔族だけど可愛い女の子)と立ち話をしているだけで、どこからともなくアスターが現れ、メイドさんを絶対零度の視線で射抜き、私の肩を抱いて「ユキは俺と話がある」と連れ去ってしまう。残されたメイドさんの怯えた顔が痛々しかった。
魔王城の庭は、この世界の植物とは少し違う、妖しくも美しい花々が咲き乱れていた。散策していると、足元で何かが動いた。見ると、それは子犬…いや、よく見ると頭が三つある真っ黒な子犬だった。真ん中の頭はクリクリした目で私を見上げ、右の頭は欠伸をし、左の頭は警戒するように唸っている。
(うわっ、ケルベロスの子犬!? 魔界って本当にこういうのがいるんだ…!)
驚きつつも、その奇妙な可愛らしさに少しだけ心が和む。私がしゃがみこんで「よしよし」と(恐る恐るだが)三つの頭を撫でようとした、その時だ。
「――ユキ」
背後から、温度のない声がした。振り返るまでもなく、アスターだと分かる。彼はいつの間にか私のすぐ後ろに立っており、三つ首の子犬を冷たい目で見下ろしていた。
「…そのような下等な魔獣に触れるな。汚れる」
「えっ、でも、可愛いですよ?」
「可愛くない。俺の方が可愛いだろう(?)」
真顔で言い放つ魔王様に、私は言葉を失う。アスターは子犬を睨みつけ、子犬は三つの頭すべてでアスターを威嚇するように唸り声を上げた。アスターが軽く指を鳴らすと、子犬はきゃん!と悲鳴を上げて、庭の茂みへと逃げていった。
「あ…」
「行くぞ、ユキ。もっとお前に相応しい、美しいものを見せてやる」
有無を言わさず手を引かれ、私はなすすべなくアスターについていくしかなかった。
(可愛いの基準が違いすぎる! ていうか嫉妬!? 犬にまで嫉妬するの!? 重い、重すぎるんですけど魔王様!)
恋愛経験ゼロの喪女には、彼の行動原理がまったく理解できなかった。ただ、時折見せる、ふとした瞬間の寂しげな表情や、子供のように私に懐く純粋な瞳に、私の心は少しずつ、確実に絆され始めていた。
そんな歪ながらも穏やかな日々は、ある人物の登場によって明確な悪意に晒されることになる。
古参の魔族幹部、マラーク。怜悧な顔立ちをしているが、その瞳の奥には冷酷な光が宿っている。彼はアスターが私を傍に置いていることが許せないらしく、あからさまな敵意を向けてきた。
ある時、私が庭園のベンチで一人、魔界の奇妙な植物図鑑(アスターが与えてくれたものだ)を読んでいると、マラークが音もなく背後に現れた。
「…汚らわしい人間風情が」
吐き捨てるような声に、ビクリと肩が跳ねる。振り返ると、マラークが私を虫けらでも見るような目で見下ろしていた。
「貴様のような下等生物がアスター様の傍に侍ること自体、我ら魔族の誇りを汚すものだ。その貧相な身なりで、よくも魔王城をうろつけるものだな。鏡を見て己の分をわきまえろ」
あまりに直接的で侮辱的な言葉に、全身の血が凍るような感覚に襲われる。何も言い返せず、俯いて唇を噛むしかなかった。
(やっぱり…そうなんだ。私みたいな人間が、しかも喪女でモブ兵士だった私が、魔王様の隣にいるなんて、間違ってるんだ…)
自己嫌悪と惨めさで涙が滲む。マラークはそんな私を見て、さらに嘲るように口元を歪めた。
「まあ良い。せいぜい魔王様のご機嫌でも取っているがいい。その薄汚い身体でな。いつまでその寵愛とやらが続くか、高みから見物させてもらおう」
下卑た響きを含む言葉に、顔がカッと熱くなる。悔しくて、情けなくて、でも何もできない自分が歯がゆかった。
私が震える拳を握りしめていると、ふいに空気が凍り付いた。すぐそばに、アスターが立っていたのだ。いつからそこにいたのか、彼はマラークを、温度のない、しかし全てを焼き尽くすような怒りを湛えた瞳で睨みつけていた。
「――マラーク。…今、俺のユキに、何と言った?」
地獄の底から響くような低い声。それは先ほどまでのマラークの嘲笑とは比較にならない、本物の恐怖を伴っていた。
「ア、アスター様! い、いえ、これは、その…」
さっきまでの威勢はどこへやら、マラークは見る影もなく狼狽し、顔面蒼白になっている。
アスターはそんなマラークを一瞥もせず、私の隣に腰を下ろすと、震える私の肩を強く抱き寄せた。そして、マラークに向き直る。
「二度とその汚れた口で、俺のユキの名を呼ぶな。そして、俺の許しなく、俺のユキに近づくことも許さん。…分かったか?」
「は、はい! も、申し訳ございません!」
「失せろ。目障りだ」
アスターの冷たい一言に、マラークは転がるようにその場から逃げ去っていった。
***
残された私は、アスターの腕の中で呆然としていた。彼の体温と、先ほどまでの怒りの余韻が伝わってくる。
(怖かった…。マラーク様の言葉も、アスター様の怒りも、どっちもすごく怖かった…)
でも、それ以上に、私のためにあんなにも激しい怒りを見せてくれたことが、胸の奥をじわりと温かくするのを感じていた。
(私のために…? この私が、誰かにそこまで大切にされるなんて…)
前世では考えられなかったことだ。喪女で、コミュ障で、誰かに真剣に想われることなんて、夢のまた夢だった。異世界に来てからも、モブ兵士として死なないことだけを考えていたのに。
(この人の隣は、確かに怖くて、重くて、息が詰まりそうになる時もある。三つ首の子犬にまで嫉妬するし。でも…)
ふと、アスターの横顔を見上げる。普段の威厳はどこへやら、今はただ、私を心配そうに見つめる真紅の瞳があるだけだ。不器用で、独占欲が強くて、でも、寂しがり屋で、私に向ける好意は驚くほど純粋でまっすぐだ。
(…温かい。この人の隣は、怖いけど、すごく温かい)
その温かさが、私の心の奥底にずっとあった孤独を、少しずつ溶かしていくような気がした。
(もしかして、私…この不器用で、独占欲が強くて、でも寂しがり屋な魔王様のことが…)
自分の心臓がドクンと大きく跳ねるのを感じる。
(…好き、なの? 私が? 魔王様を?)
ありえない。そう思うのに、胸の高鳴りは収まらない。恐怖や戸惑いと一緒に、確かに存在する、甘酸っぱいような、切ないような感情。
(嘘でしょ…? 喪女の私が、ラスボス魔王に、恋…!?)
自分の変化に戸惑いながらも、否定できない気持ちがそこにあることを、私は認めざるを得なかった。アスターの腕の中で、私はただ、赤くなる顔を隠すように俯くことしかできなかった。
***
私がアスターへの気持ちを自覚してから数日後、事件は起きた。アスターが緊急の政務で少しだけ席を外した、ほんの僅かな隙だった。
「少し待っていろ、ユキ。すぐに戻る」
そう言い残して彼が部屋を出て行った直後、マラークが私の前に現れた。執務室の前で待っていたらしい。その目には、以前にも増してどす黒い憎悪が宿っていた。
「運が良いのか悪いのか、丁度よかった。魔王様がお戻りになる前に、貴様には消えてもらう」
マラークは冷酷に言い放つと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、魔王城の機密情報らしきものが書き連ねてある。
「貴様の部屋から押収させてもらったぞ、人間のスパイめ。これで言い逃れはできまい!」
(え!? なにそれ!? 私の部屋!? 罠だ!)
「アスター様はお優しいからな、貴様のような虫けらにも慈悲をかけられる。だが、俺は違う。目障りな人間は排除するまでだ。せいぜい無実を叫ぶがいい、誰も信じはせんがな!」
マラークは高笑いしながら、私を強引に引きずり、他の魔族たちがいる謁見の間へと連れて行こうとする。彼の力は強く、抵抗できない。
その時、タイミングを見計らったかのようにアスターが廊下の角から現れた。マラークは待ってましたとばかりに、偽造した証拠をアスターに示し、大声で私の「罪」を告発する。
「魔王様! この人間はやはりスパイでした! 城の機密情報を盗み、祖国へ流そうとしていた証拠です! 即刻、処罰を!」
アスターはマラークの言葉にも、証拠とされる羊皮紙にも目もくれなかった。ただ、怯え、マラークに腕を掴まれている私の顔をじっと見つめ、そして、地を這うような低い声でマラークに問うた。
「貴様、俺のユキに何をした?」
その声には、絶対的な支配者としての冷酷さと、私に向けられた侮辱と危害への激しい怒りが渦巻いていた。凄まじい魔力がアスターから溢れ出し、城全体がビリビリと震える。マラークの顔から血の気が引いていく。
「ひっ…! ち、違います、魔王様! この女が…!」
「黙れ、下郎」
アスターの一言で、マラークは声も出せなくなった。アスターはゆっくりと私に近づくと、マラークが掴んでいた私の腕を乱暴に振り払い、私を自分の背後へと庇う。
「俺のユキに指一本でも触れたこと、万死に値する」
アスターの瞳は燃えるような赤に染まっている。マラークの運命が決まった瞬間だった。
私はアスターの背中に隠れながら、彼の激しい感情を目の当たりにして震えた。怖い。魔王としての彼が、心の底から怖い。でも、それ以上に、彼が私のために、こんなにも怒ってくれているという事実が、私の胸を打った。そして、自覚したばかりの恋心が、私に勇気をくれた。
(逃げちゃだめだ。この人を一人にしちゃいけない。だって私は…!)
気づけば、私は震える足で一歩前に出ていた。アスターの袖を、今度はしっかりと掴む。
「待ってください、アスター様! 私はスパイじゃありません! これは、マラーク様の…!」
必死に訴える。声は震えるけれど、瞳はまっすぐにアスターを見据えていた。
「でも、もし私がここにいることで、貴方に迷惑がかかるなら…私は…」
出ていきます、と言いかけた言葉は、力強い腕によって遮られた。アスターが私を、壊れ物を扱うかのように、しかし決して離さないという強い意志を持って抱きしめていた。
「黙れ」
耳元で囁かれた声は、怒りではなく、切実な響きを帯びていた。
「お前がどこにも行く必要はない。俺がお前を守る。…お前は、俺のそばにだけいればいい」
その腕の力強さと、声に含まれた不器用なほどの愛情に、私は何も言えなくなった。ただ、彼の背中にそっと腕を回す。
「…わかりました。貴方の、そばにいます。私も、貴方を一人にはしません」
それは、喪女だった私が、初めて自分の意志で掴み、そして守りたいと思った、大切な絆だった。
***
その後、マラークはアスターの逆鱗に触れた罰として、魔力の大部分を奪われ、二度と日の光を見ることのない辺境の牢獄へと送られたと、執事長のゼルドがそっと教えてくれた。「二度とユキ様の目に触れることはないでしょう」という言葉に、私は少しだけ安堵した。魔王城の魔族たちは、アスターにとって私がどれほど特別な存在であるかを改めて認識し、以前にも増して私を丁重に扱うようになった。
「もう二度と不安にさせん。他の奴らには指一本触れさせんからな」
そう宣言するアスターの溺愛ぶりは、以前にも増して加速した。相変わらず過保護で、独占欲が強くて、少しズレているけれど。
「仕方ないなあ…」
私は苦笑しながらも、その重すぎる愛情を、以前よりずっと素直に受け止められるようになっていた。恋心を自覚してからは、彼の不器用な愛情表現が、前よりもずっと愛おしく感じられるようになっていたのだ。
ある日の午後。庭で日向ぼっこをしていた私の膝に、可愛らしい一つ目の小鳥(魔界にしかいない種類らしい)がちょこんと止まった。まん丸な一つの瞳で私をじっと見つめてくる。
「あらあら、人懐っこい子ね」
私がその一つ目を覗き込むように微笑みかけた、その時。
「…ユキ」
背後から、拗ねたようなアスターの声がした。振り返ると、彼は不機嫌そうに眉を寄せている。
「…俺より、その一つ目の鳥がいいのか?」
「えっ?」
「俺の方が、お前にとって大事だろう」
真顔でそんなことを言う魔王様に、私は思わず吹き出してしまった。
「はいはい、アスター様が一番ですよ」
今度は完全に本心から、宥めるように言うと、アスターは途端に満足そうな笑みを浮かべて、私の隣に腰を下ろし、当然のように私の肩に頭を預けてくる。
(まったく、手のかかる魔王様…)
心の中で毒づきながらも、その重みが心地良いと感じている自分に気づく。
(喪女がラスボス魔王にロックオンされて、まさか恋までするなんて、人生何が起こるかわからない…。まあ、これだけ大切にされてるんだし…悪くない、かな)
モブ兵士だった頃には考えられなかった、甘くてちょっと重い、でも確実に幸せな日々だった。私はアスターの漆黒の髪にそっと指を通しながら、この不思議な運命を、これからも二人で楽しんでいこうと思ったのだった。
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