交戦
二十分経った。γは初期加速以来速度を変えず、黙々とこちらに向かって来ている。
「γ、未だ速度変わらず。一番は目標位置まで八分」
ロジャー曹長はハッキリとした口調で報告する。
翻って濱西の口調はまだまだぎこちない。いや、むしろ緊張が増しているのかもしれない。
「伍長、ミサイルの計算は済んでいるな?」
「はい、一番を点火した四分後に二番を分離、点火します」
伍長はモニターを睨んだまま答える。手は動いていない。もうとっくに終えているのだった。
ふと、数値が動いた。
「γの熱源増大! レーザー発射態勢と思われます!」
馬鹿な。濱西は唯一安心のよりどころにしていた知識から現実を撥ね退けようとした。
まだ奴らの最大射程距離にα──そしてこの高速艇──が入るまで三分はある。その距離でも耐熱装甲の宇宙船には破壊効果があるかどうか怪しい。
何故奴は待たなかったんだ。
「少尉!」
ロジャー曹長が濱西を現実から引き戻した。なさねばならないことがある。
「アンカー切断用意。αから距離をとれるように」
「了解」
γがレーザーをαに向けて撃った場合、その陰に隠れている高速艇はアンカーで引っ張られて、挙句衝突しかねない。
「切断準備よし。退避方向はα次第ですな」
ロジャー曹長が言う。その手はせわしなく動いている。
「γ熱源、発射臨界!」
そして、光の矢が届いた。
巡洋艦級の主砲レーザーは、微妙に照準がズレていた。
おそらくはαのど真ん中に直撃する筈だったレーザーは、その淵を掠った。
焼き、砕き、散らした。無機物の破片は高速艇にも向かう。
「γのレーザー、αに命中! 破片来ます!」
衝撃防御、と濱西が言う前にそれは来た。ゴン、という重低音が艇内に響く。一瞬、張り詰めた濱西の神経が、重量物を叩きつけられたように切れかけた。
「少尉!」
ロジャー曹長は艇外モニターを指差す。αが徐々に迫っていた。
目を何度も瞬きさせながら、濱西は指示を出す。
「あ、アンカー切断、回避。陰から出ないよう慎重に」
「了解!」
スラスターの噴射音。迫るように回転していたαが遠ざかる。
「第二射、来ます!」
これはαに直撃した。
回転しながらゆっくりと高速艇に迫る。
「増速します」
「発射」
「は?」
ロジャー曹長は突然の言葉に戸惑った。濱西はもう一度繰り返した。
「ミサイル、一番を点火するんだ。これ以上待ってもどうにもならない」
まだ早い。ロジャー曹長はそう思ったが、かといって他に何かすることも出来ない。ひたすら陰に隠れて逃げるだけ。それもいいかもしれないが、αよりもγの方がずっと速い。いずれは追いつかれる。
「了解。伍長、一番に点火だ」
「はっ。一番点火! 着弾時刻修正。二番発射は二分後」
リモートで点火信号を送る。
αとγから離れる一方だった光点が、急激に加速し、近付いていく。
「一番点火確認。γに向けて航走中。着弾まで五分」
「さらに第三射!」
今度はαの上部に当たった。さらに回転が速くなる。
このままじゃあ嬲り殺しだ。誰かがそう呟いた。
一番は迎撃を未だ受けていない。もしかしたらγは損傷を受けているのかもしれない。
次の第四射と第五射の間隔は第一、二、三射のそれも開いた。
二分、なんとか稼いだ。
「二番発射!」
「分離!」
反作用に対してスラスターが一瞬であるが全力作動した。
「一番、炸裂。爆散同心円を構成しつつγに向かいます」
ロジャー曹長の報告にも余裕がなくなってきた。早口になっている。
「二番炸裂まであと三十秒」
「姿勢変更。αより離脱する、全力加速に備えよ」
濱西の指示にロジャー曹長は疑問を呈する。
「狙撃されるかも」
「γの砲撃精度は良くない。爆散同心円が敵にある程度損害を与える筈だし、囮の赤外線放射器も撒くからうまく逃げられるかも」
伍長が割り込む。
「γ、姿勢変更。一番及び二番に対しレーザー発射確認。両方外れました」
「よ、予定変更。二番に炸裂信号」
「信号送ります」
モニター上にまともな光点は、αとγのみとなった。ミサイルは爆発し、猛スピードの破片のカーテンがγへと向かっている。
「命中まであと一分」
γのレーザー迎撃はこの期に及んでは難しい。破片を全て蒸発させることは難しいからだ。
「γ加速。回避運動に移りました」
だが、それも遅い。どうやらγは探知と射撃統制に異常をきたしている様だ。
第六射。αに亀裂が生じ始めた。
「あと三十秒」
一番破片が集中する位置からは逃げられたが、破片はまだ三十個以上は間違いなく直撃する。
「弾着五秒前、3、2、弾着、今」
「全速!」
濱西が叫ぶ。γに大きな破孔を作り出したことには気付いていない。
「待って下さい、少尉。γの様子が変です」
ロジャー曹長はその異変に気付いた。赤外線探知は、γに主砲よりも大きな熱源を探知し、そして消滅を確認していた。
「撃沈……?」
ずっと黙りこくっていた機関長の軍曹がそう呟いた。