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生存圏直径六天文単位  作者: 外衛正紀
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遭遇

 小惑星帯は実際には極めてスカスカであり、一つの小惑星の近距離を別の小惑星が通過することも極めて稀である。

 しかしながら今日はその珍しい日であるらしかった。十分前に確認した小惑星αに加えて、もう二つ、それらしき物体を探知したのだ。

「新たに物体探知。正面に小惑星らしい。数二つ。距離は近い方の、えー、βが二十万。遠いγが二十六万です。相対速度、毎秒三百キロメートル」

 そうロジャー曹長は報告した。濱西はすぐにそれを頭の中に思い浮かべ、位置把握する。まだ正面のモニターには変化はない。

「監視衛星の位置も近いな…とりあえず、すぐ近くにあるαにアンカーを打ちこんで状況を確認しよう。曹長、コース設定任せる。伍長は光学望遠鏡の準備を」

 二人とも口々に了解、と答えた。

 濱西は二つの小惑星の距離が近いことが気にかかっていた。

 無論あり得ないわけではないし、単なる杞憂に過ぎないだろうことも分かっていた。

 ただ、手元のパネルによると、γがβへ見事な程の直撃コースで近付いていた。

 この直撃コースというのがどういうことだろう、と彼女は疑問に思っていた。

 まるで意思を持って近付いているようだった。

 やはり敵か? そう思い、彼女は機器・火器担当の伍長に命じた。

「伍長。望遠鏡の準備が終わったら今現在分かっているγのデータをミサイルに入力してくれ」

「二発共ですか?」

「ああ、そうだ。軍曹も、機関がいつでも全力発揮できるよう頼む」

「了解です」

 それを聞いた曹長が濱西に問いかける。

「少尉は、γが敵とお考えで?」

「可能性はある。少なくともβよりは」

 そう濱西が言うと、曹長は感心したような調子で言った。

「そうですなぁ、確かにγは怪しいですな」

 それからしばらく声は途絶え、機械音が非常に限られた世界を満たした。


 αと呼称される小惑星は、現用の戦艦クラスの大きさを持つものだった。高速艇と比べれば、その差は鼠と象だ。

「アンカー発射五秒前、3、2、1、発射」

 伍長が秒読みし、軽い振動が船体を揺らす。

 モニターに映ったアンカーはブースターに点火して真っ直ぐにαへ向かい、その破片を撒き散らしながらめり込んだ。

「β、γに対して姿を隠す位置に止めろ。停止次第、望遠鏡を伸ばせ」

 濱西ははきはきと指示を出す。打てば響くように返答がある。

「了解」

 高速艇は速度を一気に殺し、艇尾のスラスターを噴射してαのギリギリに横付けする。

 上部のハッチが開き、有線式のカメラの様なものが伸びてくる。

「光学観測と同時に赤外線観測はできるか」

 濱西が伍長に聞く。残念そうな声が返ってきた。

「いえ、少々古い型な物ですから、交互にしかできません」

「分かった。では光学観測が終わり次第、赤外線でも頼む」

「はっ」

 それを聞いてロジャー曹長が口を開く。

「そこまでやる必要がありますか? 光学観測で大体のことは掴めますが」

 それに対する濱西の返答は簡潔だった。

「まだ死にたくない」

「簡潔にして要を得ていますな」

「大事なことだからね」

 伍長がそこに割り込む。

「望遠鏡、準備よし。観測開始します」

「了解」

 γは、βに数分で接触という距離まで来ていた。

 そして、βがあらゆるセンサー上で、爆散した。

「βが消えたぞ!何があった」

「γからのレーザーです。βに命中、爆発しました!」

「少尉!」

 伍長の、悲鳴にも似た声が狭い操縦室に響く。

 濱西は思わず唾を飲み込んだ。間違いなく、γは敵だ。

 付近に友軍艦艇は居ないし、雑用艇は非武装だからだ。

 くそっ。実戦。これが初めての実戦。せめて、もう少し覚悟を決めてからにして欲しかった。

「光学観測はどうだ?」

 濱西は自身の感圧式コンソールを操作しながら機器担当に聞く。

「γに指向しています。右のパネルに出します」

 彼がそう言うと同時に全員がパネルに注目した。

 操作してから一瞬の沈黙を経て、映像が映し出された。

 その姿は、あまり上品なものとはいえなかった。

 まるでナメクジの様に白く滑らかな胴体部の両端に、短めの突起物。巡洋艦級の生体兵器だった。

「次にβの居た辺りを指向しろ」

 濱西が指示を出すと、映像は一瞬で真っ黒になった。

 暫くの沈黙。

「指向しました」

 伍長がそう言うと、パネルに一つの破片が浮かび上がった。

「監視衛星のモノかな」

 濱西の、誰に言ったわけでもない問いにロジャー曹長が応じる。

「これだけでは分かりませんな。衛星の外壁というよりは、……雑用艇の隔壁に見えますが」

 それを受けて、濱西は少し考え込んでから指示を出す。

「他に何かないか。それと、γの進路も確認。ミサイルにデータを追加しろ」

「やり合う気ですか?」

 ロジャー曹長はそう言って、それまでパネルに釘付けになっていた顔を濱西に向ける。

 濱西は軽く頷くが、すぐに苦笑する。余り余裕はない精神状態のはずなのだが、どうやら性癖らしい。

「なに、ただの保険だ。使わないに越したことは無い」

「だといいんですがね……」

 ロジャー曹長はそう言って正面へ向き直った。

 γの速度は減速傾向にある。

 そして、進路も変わった。

「γ進路変更!こちらに向かって旋回中!」

「予想データを」

「三十秒後にこちらを指向。一分もすればこちらへ加速できます」

「ミサイル発射用意!一番は一旦分離、二番は直接発射だ」

 濱西は大声で叫んだ。続いて詳細な指示を出す。

「分離後のミサイルの姿勢変更は、αの陰で敵が探知できない間に。熱源探知で早々に迎撃されるかも」

「一番の点火位置はどうしますか」

 ロジャー曹長が聞いてくる。

「出来れば敵の横っ腹を突ける位置まで慣性で飛ばしてしまいたいんだけども」

「だそうだ、伍長。一番のスラスター、噴射方向間違えるなよ」

「分かってます。準備できました」

 濱西は緊張で噛みそうになりながらも、発射指示を出す。

「一番分離! 二番は待て。どちらかを敵迎撃に対する囮とする」

「一番分離!」

 伍長が復唱し、スイッチを押し込んだ。

 アンカー射出の時よりはずっと弱い揺れ。だがそれでも反作用で艦位は動き、これを修正する為にスラスターが噴射される。

 操縦室の全員、しばらくはモニターの光点の動きにばかり目が行った。分離後十秒もした後、

「γ、こちらに向けて加速開始。望遠鏡を赤外線に切り替えて観測を続けます。現在一番が発見された様子はなし」

 ロジャー曹長が報告する。額には汗の様なものも見える。

「少尉、ヘルメットを着用しますか?」

「え、ああ、そうだな……そうしよう」

 モニターに釘付けになっていた濱西は、額に手を触れた後、ヘルメットを被った。まだ手が動かないほどではない。

 手袋を嵌めた手を見てみると、汗がついていた。

 分離したミサイルは、まだ充分に離れたとは言えないが、濱西はもう一発を発射する誘惑に駆られた。

 一刻も早く撃ってしまいたい、いや、両方点火してしまって、その間に高速艇のスピードを生かして全速で逃げたい、そういう気持だった。

「二番発射用意」

「用意よし。二番は分離後すぐスラスターでアルファの陰から出て、そこで点火します」

「わかった……」

 まだ。まだだ。そう言い聞かせる。

 この調子だと、一番がγの横っ腹を捕らえるまであと三十分。その後二番と時間差点火して同時に着弾させる。

 点火後、炸裂してから爆散同心円の初弾が着弾するまで大体五分くらいか。

 その間、γがどこまでこちらに近づいてくるか……いや、そもそもこちらが気付かれずにいられるのか?


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