500円を拾いました。交番に届ける?届けない?
白髪が日の光を浴びて、透き通るように輝いている。
周囲の生徒たちは思わず見とれてしまうが――当の本人、『オラクル春』の表情は険しい。
一ヶ月で荒れかけた学校を立て直し、いじめや廃部問題を次々に解決してきた“雪花の戒律者”。
その圧倒的カリスマを持つ生徒会長が、たった500円の落とし物で頭を抱えているのだ。
ポケットの中の500円玉を握りしめながら、オラクル春は廊下で立ち止まる。
すると、ふと視界の隅に、自分そっくりの二人の分身がひょっこり現れた。
天使のオラクル春(以下「天使」)
「少額でも拾った以上は交番に届けるべきでしょう? 正々堂々こそ、生徒会長としてのあるべき姿ですわ!」
悪魔のオラクル春(以下「悪魔」)
「でもさぁ、そんな小銭、わざわざ届けるなんて面倒でしょ。第一、警察官だって本音は『え、500円? できれば来ないで…』って思ってるかもよ?」
天使は柔らかな光を背負うように、頭上にはよく見る輪っかが光、優雅に翼を広げている。髪型こそ春と同じだが、微笑み方にはどこか神々しさが漂う。
対する悪魔は紫がかったビシッとしたスーツにネクタイ、そして角、さらに、長い尻尾を揺らしている。その口元には小悪魔的な笑み。両者はそっくりなのに、全く違う雰囲気を醸し出していた。
天使はピシッと優等生らしく背筋を伸ばし、
「なにを言うの! 小さい正義をおろそかにしたら、大きな不正を見逃すことにも繋がります。ここは迷わず届け出るべきです!そんなに届けるに抵抗があるのなら、お巡りさんに直接聞いてみたら良いですわ」
一方の悪魔は長い尻尾をゆらりと揺らし、
「堅いんだってば。しかも今のSNS時代、お巡りさんが『500円くらいは届けなくていいよ』なんて言おうものなら大炎上だ。少額でも交番に届けるべきですって答えざるを得ないだろ?ククク」と肩をふるわす。
オラクル春はため息をついた。
(自分の頭の中のはずなのに、どうしてこんなに意見が割れてるのよ……。)
校舎の窓から差し込む夕日が、三人(?)のシルエットを照らす。
しかし、天使と悪魔はさらに口論をエスカレートさせていた。
「いいですこと? 正義とは日々の積み重ねが重要なのです。”500円を届ける”なんてカンタンな行為でしょう? まったく、あなたのような怠惰で不謹慎な悪魔にはわからないかもしれませんが!」
「へー、そっちこそ潔癖すぎるんじゃない? たかだか500円の小銭で正義気取り?そんな小銭を届けた所で、ほんとに大変なのは、お巡りさんなんだからさぁ。「ありがた迷惑」って言葉は、まさにこの時に使うんだぜ?
てか、あんた、いつも“いかがわしい本とか動画”を学校で規制してるけどさ。こんな小さな“小銭”くらいも、柔軟に考えられないわけ?あ〜 そうかカタイのが好きなのかぁ〜」
両者がムキになるほどに、微妙に話がかみ合っていない。
その光景を見て、オラクル春はついに声を上げる。
「二人とも落ち着いて! 私の脳内では大人しくして……頭が壊れちゃう!」
しかし、天使と悪魔は、それを合図に、さらにヒートアップしてしまうのだった。
「なによ! そっちが嫌らしい回答をしてくるなら、私は清廉潔白で対抗しますわよ! 心が穢れた悪魔の攻撃なんか、ちっとも怖くありませんからねっ!」
「ふっふーん? 口ではそう言ってても、結構グラついてるんじゃないの?
――春ちゃん、こんな程度で壊れちゃうの? もしもっと大きな物(問題)が入ってきたら、どうするの? ほらほら、想像してみなよ?」
「あああ〜! 私の脳内で暴れないで!!」
オラクル春は真っ赤になって悲鳴を上げる。
天使は「あなたのその“卑猥な誘導”こそが問題なのよ!」と悪魔を睨み、悪魔は「うんうん、もっとキミの限界を見たいんだけど?」なんてケラケラ笑っている。
(なんなの、この流れ……!)
そもそも500円の落とし物をどうするかという話なのに、なぜかエスカレートして“もっと大きいものが入ってきた場合”の想像へと飛躍している。
春の脳内は、すでにキャパシティの危機だった。
「……落ち着いて。そう、私が望んでるのは合理的かつ誠実な行動。でも……」
オラクル春は改めて2人(天使&悪魔)の言い分を整理する。
- 交番に届ければ“小さな正義”を果たせる反面、警察も忙しいし、本音では面倒かもしれない。
- SNS時代、もし警察が「届けなくていいよ」なんて言おうものなら、炎上リスク極大。
- かといって、500円をそのままポケットに入れてしまうのは、モラル的にあまりに抵抗がある。
ついには天使が叫ぶ。
「ほ、ほら、ごらんなさい! 春ちゃんはその清らかな心を保つためにちゃんと届出けるべきなんです!」
悪魔はヘソを曲げたように腕を組みつつ、
「えー、でも、拾ったお金は“入れる場所”をよく考えたほうがいいんじゃないの? “どこに入れるか”で世界が変わるんだからさ。懐に入れちゃう?それとも、入れるのは、別のア・ソ・コ?」
「ちょっと、そういういやらしい表現やめてよ……!」
オラクル春は頬を染めながら必死にツッコむものの、悪魔のニヤリとした笑みは止まらない。
しかし、そうした悪ノリの合間に、ふと、春は思い出す。
**先日から校内に置かれている“震災支援の募金箱”**の存在だ。
(もしも落とし主がいたとしても、500円を落として困っているようなら、それこそ問い合わせがあるはず。いっそのこと――)
「うん……」
オラクル春の瞳がスゥと晴れて、はっきりとした光を宿す。
天使と悪魔はその変化を見て、息を呑む。
「交番に届けるのも大事かもしれない。だけど私は、震災支援の募金箱にこの500円を入れるわ。そうすれば、誰かの役に立つ。警察に無駄な負担をかけることもないし、私自身もネコババをしたわけじゃない。もし、落とし主が後から現れたとしても、私が責任をもって補填する。でも、それまでは、困っている人のために活かしたいの。どう?」
「すばらしい……! それなら、正義を貫きながら社会貢献もできる。心の浄化度が一気に上がりますわ!」
「なるほどねぇ。これが“雪花の戒律者”の落としどころってわけか。それなら、たしかにお巡りさんを煩わせる事もないし。案外、悪くないじゃん?」
天使は白い羽根をヒラヒラさせながら、「あなたって意外と、物分かりがいいのね」とつぶやく。
悪魔はクククと笑い、「ま、私は“もっと大きいの”も歓迎だけどね?」と最後に毒づいた。
「も、もうその話はやめて……!」
顔を真っ赤にしたオラクル春は足早に廊下を駆け出した。
職員室の横に設置された募金箱。
ポケットから取り出した500円玉をそっと落とすと、**チャリン……**という澄んだ音が響いた。
何かが足りないと思ったのだろう、春は、さらに千円札を募金箱に入れた。
「これでいいのですわ……。」
胸の奥にじんわり温かい充足感が広がる。
もし落とし主が後から名乗り出たら、その時は自腹で返せばいい。
いずれにせよ、悪魔の言う“もっと大きいもの”が来たときに潰れないよう、彼女は日々成長していくしかないのだ。
――こうして、“雪花の戒律者”たるカリスマ生徒会長・オラクル春の500円騒動はひとまず決着を見せた。
天使も悪魔も、最後はそれぞれ満足げに微笑んでいる(……ように見える)のだから、この結末は 彼女自身にとってほぼ100点満点、いや500円満点 と呼んでいいのかもしれない。
現在制作中のインディーゲーム「えろの力で勉強するゲーム:えろ勉」に登場するキャラクターの深掘りのために、小説に挑戦してみました。最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。