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Outer Fiend  作者: 醤油プリン
7/7

次の宴を待つ


 行方不明事件を引き起こすという異形に備えて、黒瀬大我が風間みやこに()()()を手に入れさせる方法は、至極単純なものだった。

 自身の経験則から、大我は異形を倒す度に何らかの強化現象が起こる事を利用して、次に出現した異形をみやこに駆除させるというものである。

 大我の身に起きた身体能力や感覚器官の向上が、同様にみやこにも施されるかまでは不明だったが、現状のみやこに手っ取り早く効果の見込める方法はこれしか無いと判断した。

 大我は自身が特別だなどとは微塵も思わなかったが、彼女が異形を倒した際に何も起こらなかった場合も想定して事前準備を済ませておく。


 これらの事をみやこに包み隠さず相談した上で、先ずは彼女の実力が如何程のものかを確かめるべく、大我は後日の昼休みに、みやこを同じ屋上に呼び出していた。


「遠慮なく、思い切りやってくれ」


「……」


 正眼に構えるみやこの手には、父の所有する蔵から持ち出した実剣が握られていた。

 毎朝部活動に用いる竹刀袋の中に、二本目の竹刀の代わりに差して学校に持ち込んだのだ。銃刀法に反してまで恐る恐る持ち出したソレは、銘を『一』。号を『瓶割刀(かめわりとう )(ためし)』。通称を『逆波(さかがみ)』という。

 小野派一刀流の流れを汲む剣術家系、風間家の初代が免許皆伝の折に受け取った代物の兄弟刀。その刀の言わばコピーである。福岡一文字派の末裔が当時の技術と切れ味、美しさを再現して見せんと、大正時代に作刀された一品。と、みやこは大我に鼻を高くして語っていた。


 みやこの持つ『逆波』は、材質こそ初代当主の剣、つまりオリジナルの物とは違っているものの、文献口伝から可能な限り抽出した古の技術と、現代刀由来の新しい技術とを融合させた現代刀最古の剣の一本に属するという。

 そのような剣を、如何に化け物退治の為とはいえ一介の女子学生が好きに持ち出せた。というのは偏に、風間家の歴史が由緒正しくそういった業物を蔵に多く残している証左でもあった。


 黙って持ち出したので、バレたら叱られるかもしれないが、叱られる以上の事はない。と語るみやこ。それは果たして気風の良さと取るべきか、みやこが楽観的なのかは、大我には判断し得なかった。


 話は戻り、みやこと大我の立ち合いの場。屋上。

 逆波を手に大我を見据える風間みやこは現在、対峙する彼を前に心の底から震撼していた。


(なに…これ? 身体能力が違うとか。実践経験の差とか。そんな話じゃないわ…っ! 空気が、身体が重い! もしかしたら、本気で立ち合ってる時のお父さんより…!!)

 

 みやこの感じている重さとは、詰まるところ死の予感だった。徒手空拳、構も無しに立っているだけの相手に、迂闊に切り込めば返しに命を獲られる状況。相手が大我という事もあって、大切な刀を折られる事は無いかもしれない。しかし、みやこは大我の放つ気配、殺気とも呼べるモノに完全に呑み込まれていた。


「どうした? 俺からは仕掛けないから、風間さんは好きに打ち込んで来い。大丈夫だ。これはただの確認。いつもの稽古と変わらない」


(一歩でも動いたら、目を逸らそうものなら、一瞬でやられる。そう思わされてる黒瀬君のコレが、確認…!?)


 大我の異常なまでに研ぎ澄まされ、真っ直ぐとみやこだけを捉える殺気を今なお骨身に刻まれている。

 異形を相手にのみこの気配を放ち、あまつさえ超人的な身体能力を技術で上乗せした拳や蹴りを放つ。そんな相手がみやこの前に立っているのだ。彼女の潜在的危機感は筆舌に尽くし難いものと言える。それでも、


(落ち着け、落ち着け。黒瀬君は言った通り、確かめようとしてるんだ。()()()()()()で私がどうするべきか…!)


「すぅー、ふー…っ!」


 みやこは思考をどうにか纏め、深呼吸をもって身体の緊張を解く事に集中する。そして二秒、三秒。固くなった意識と身体を解した彼女の取った最初の一手は、()()であった。


「―ッ!!」


「…なるほどな」


 決して視線を逸らさず、構えを解かず、下半身のバネと瞬発力。剣術で鍛えた足腰の力で、みやこは一飛び二飛びと後方への踏み込み。気づけばお互いが居た屋上の中心から、みやこだけが端のフェンスまで後退していた。


「ふぅ…! はぁ、はぁ…!!」


 みやこは顔中に珠のような汗を浮かべて、彼女を見定める大我の視線を息を荒くして受け止めていた。


「そうだ。それで良い、風間さん。俺は、あのイソギンチャクの化け物が纏っていた気配と同程度の物を君にぶつけた。あのまま踏み込んで来ていたら、風間さんがどうなっていたか…良く分かっているな?」


 大我が緊張を解いたのもあって、みやこは刀を握ったままその場でへたり込む。呼吸は荒く、整えるまでにそれなりの時間を要した彼女は、緒を結び背負った鞘に逆波を納めて大我に近寄って行く。

 見るからに沈んだ表情のみやこに対して、大我が普段と変わらない調子で語りかけた。


「気にする事はない。むしろ集中を切らさず後退したのは、素晴らしい判断だと思う」


「ありがとう? じゃなくて! あの、頭はイソギンチャクで肌が木の皮みたいなヤツ。アレと同じくらいって黒瀬君は言ってたよね?」


「そうだ。アレは此処に来てからなら一番の大物だった。擬似的にだが、それ相手に動けただけでも上々だ」


「黒瀬君がアイツ等を捜し始めた時は、どうだったの?」


「……恥を晒す様なんだがな。初めの頃と言ったら、異形を見つけたは良いものの、余りにも恐ろしくてな。最初なんかは、それはもう全力で逃げた」


 みやこの表情が固まる。大我の表情はとても気まずそうであり、頬を掻きながら当時の事を話し続ける。


「今思えば仕方ない…いや、言い訳だな。逃げている時は呼吸が引き攣って、逃げ仰せた後は震えて暫く立てなかった。結局その日は、ある事も重なって誰も犠牲者が出なかったんだが、その時の俺よりずっとマシだ」


 今の黒瀬大我からは全く想像できない、当時の体験を聞かされたみやこは押し黙るしかなかった。

 ここ数分の間に、意識が飛びそうな程へばっていたみやこを、大我は鼓舞しようとしてくれているのだから。


「ありがとう、黒瀬君。へこたれないで頑張ってみるわ! 実戦では生きるか死ぬかなんだし、根気良くやらないと。よね?」


「ああ。無事に生きて帰れれば機会はやってくる。俺達は幸いにも協力し合えるのだから、相手が相手なら今の風間さんでもやれる筈だ。俺とは違って、風間さんには長年の剣術の心得もある。武器も用意出来ているし、準備を怠らないようにしよう」


 それから先は作戦会議に時間を費やす事にした。みやこ自身の戦い方のスタイルや技の引き出し、大我が当時利用していたという荷物にならない小道具や、異形が出現する時間に合わせたスケジュールの調整などである。


 それらを話し終えた後、みやこは改まった様子でその場で姿勢を正し始めた。何事かと大我も身構えていると、これまで聞こうとして聞けなかった話題を持ち上げる。


「ズバリ聞くんだけど、異形がいざ現れるってなった時にさ。間に合わないって時はどうするの? ほら、この街で異形が現れるから引っ越してきたのは何となく察してるんだけど。そもそも何で黒瀬君は、そういうのが分かるのか…とか」


「それは……経緯については()()()()()にしよう。何故分かるのかは、少し長くなるがそれでも良いか?」


 みやこが一つ頷いて応えると、大我は二年前の事を出来るだけ詳細に話し始める。かつて異形を探し始めた頃のこと。手掛かりを探して何日も街中を練り歩き、そうしてある日、偶然みやこと同様に異形が出現する瞬間に立ち合ったこと。その異形を命からがら罠に嵌め、殺したこと。


「罠に嵌めたって、よくそんな事出来たわね?」


「その頃には、ヤツ等と出会したのも三度目だったからな。身体の大きさや姿形もまるで違うなら、生物としての優劣も違っていると考えて、やれる事は全部試した。人通りが少ない場所に鉄の棒からスタンガンまで、武器になる物を色々と隠したりな。家の権力を使って市に掛け合い、街の通りにも大枚を叩いて監視カメラをつけたりと、兎に角必死だった。罠にしてもそうだ。工事現場を偽装した地点に罠を仕掛けて、そこに向かってつかず離れずの距離を保ちながら逃走して誘導するとかな」


(めちゃくちゃな事してる…!? 街中を監視とか武器とか罠とか、余りにも現実離れしてるけど、そこまでやって初めて上手くいったって。あれ?)


「そこまでしなくても、黒瀬君は」


「さっきも話したが、最初は恐ろしくて逃げたんだ。理由は単純で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「じゃあ、黒瀬君が今バケモノと戦えているのは…」


「そうだ。どういう原理かは知らないが、異形を殺せば殺しただけ、俺は少しずつ強くなっていったんだ」


(異形を殺したから、身体に変化が起きた? 普通、そんな事は絶対に起こらない。人間が道具を使い、策を講じてライオンを倒せたからって、後々その人が倒したライオン並の強さそのものを手に入れる…そんなバカな話は無いわ! なのに、黒瀬君にはソレが起きているなんて…)


 みやこの脳内は混乱の極みに達していた。


「突然、自発的に何かの能力に目覚めた…と考えるよりはマシな仮説だろう? 何であれ、起こっている事も普通じゃなければ相手も普通じゃない。その果てにどうなろうと、俺は途中で止めるつもりは無い。この話はこれくらいにしよう。本題に移る。命懸けで最初の一匹を駆除して体に変化が起き、生身で奴等を倒し続けられるようになって暫く経った頃だ…奴等が現れる、予兆のようなモノを感じ始めたんだ」


「予兆って、第六感とかそういうの?」


「五感でもある程度は感じ取っている。空気の揺らぎ、周囲で鳴る様々な音に混じった違和感。視覚的には、異形が現れる地点の近くには空間の歪みとまではいかないが、陽炎のようなものが視える…といった風だ」


 これも、異形を倒しそういった存在に大我が近づいたからなのだろうと、みやこは半ば確信していた。自分の心身が、化け物と接触し、殺傷し、生還したことで化け物に近づく(造り替えられる)

 この事実を受け止めるのに抵抗は少なかったが、自分もこれからそうなるのだと思うと、彼女の心に例えようのない重圧と不安感がのしかかる。


「やめておくか?」


「…いいえ、やめないわ! 私は誓ったのよ! 何をしても真相を暴いてみせる。このまま知らんぷりなんて絶対に嫌。だから、気配を感じたら私のことも必ず連れてって。私が倒すべき化け物の所まで、置いてきぼりなんて許さないから!」


 硬い意志の宿る視線が大我を見据える。自分を鼓舞する意味もあったろう。刀を握るみやこの手は僅かに震えていたが、それをおいても余りある気迫を彼は読み取る。


「分かった。予兆を感じたら、直ぐに知らせる。今までの傾向として、奴等がいざ出てくるとなっても数分、長ければ一、二時間程度の猶予はあると思う。その間に準備を整えて、可能な限り迅速に目的地へ辿り着き、駆除に取り掛かろう。細かいことは――」


 じきに、次の異形がやって来る。前回と同じ夕刻か、はたまた草木も眠る夜の帳か。二人は引き続き今後の予定や作戦を話し合いながら、倒すべき者達へ振るう牙を着々と研いでいった。



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