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Outer Fiend  作者: 醤油プリン
3/7

兆し


「ねえ黒瀬君」


「どうした、風間さん」


 大我がみやこに聞き返すと、みやこは声をかけた割に長めの思案を巡らせる仕草をとった。

 何を悩んでいるのか、大我には推測し得なかったが、意を決した表情でみやこは大我に問いかける。


「黒瀬君。もしかして、何か気になる事があったりする?」


「……どうして、そう思ったんだ?」


「ご、ごめん! やっぱり今日会ったばかりで、不躾だったわね。何か確証がある訳じゃないの。でも、その…勘というか何というか。初めて見た時から、黒瀬君は何かを気にしてる様だったから」


 今度は大我が思案顔になって、何事かを考え始めた。

 どう答えたものか、答えるべきかを慎重に吟味している事がみやこからも窺える。

 それほど彼にとって重要な質問だったのだろうか。みやこは背筋に冷たいものを感じつつ大我の反応を待っていたが、それにしても彼の沈黙は些か長く続いた。

 

(なんか、変なこと聞いちゃったかな? 剣道場の前で立ちっぱなしだし、今からでも別の話題を)


「…君の言う通りだ。俺は、この場所に()()()()を見つける為に転校してきた」


「あるモノって、それは何?」


「一言では、説明が難しい。信じて貰えるかも怪しい話でな。それに、調べ尽くして事が済んだら、また別の街へ探しに学校を移るかも知れない」


 今日会ったばかりの相手から、また転校するかもしれないという情報はみやこには余りに予想外の返事だった。

 お互いに三年生なのだから、普通なら遊んでいる余裕はほぼ無い。とはいえ、一緒にこの榛葉学園を卒業するものと自然に受け入れていたみやこからすれば、大我のそれは衝撃的な発言であった。

 しかも、信じて貰えるか怪しい探し物とは何なのか。みやこはそちらにも俄然興味をそそられてしまう。


「ちょっと待ってよ。今日来たばかりでしょ?」


「そうなのだが、こればかりは譲れない問題なんだ」


「じゃあ、探してるあるモノって何なの?」


「……それは」


 大我が重い口を開きかけた瞬間。二人揃ってある方向に対して強烈な違和感を覚えた。

 擬音で表すなら、ずしり。そしてその僅かな重苦しさに混じるねっとりとした不快さ。何とも言い難い、五感から読み取れる()()()()()を、二人は互いに確認するように視線を交える。

 それが自分だけの気のせいでは無いと結論づけて、先に切り出したのはみやこの方だった。だが、呼び掛けた直後、みやこは大我の顔を見て固まってしまう。


「なに、今の。変な感じ、したよね? ねえ、黒瀬」


 

 




「―――見つけた」





 

 

 それは、みやこがこれまでの人生で見た事のない表情だった。

 口元は引き攣るように笑い、見開かれた双眸は瞳孔が開いている。大我の噛み締めた上下の歯が軋むような音を立てて、先ほどまでの一見無表情にも思えた、彼の貌。飢える中で獲物を見つけた獣が、牙を剥き出しにしたかの如き威容。


 みやこがそれを呆然と見つめていた数瞬の後、弾かれた弾丸のように大我が走り出した。向かう先は、違和感の出所と思しき方向、第二校舎二階の通路に続く階段入り口。


 「ま、待って! そっちは!」


 彼を引き止めようと声を上げ、みやこも彼の背中を追って駆け出した。


 彼女はまたも反射的に行動していた。今日が初対面で、数言話しただけの同級生。その同級生が凡そ常人では浮かべるべくもない表情を湛えて校舎を駆ける。


(速い…!? 私だって吐くほど走り込んできたのに、彼の方が、黒瀬君の方がずっと――ッ!!)


 みやこには、それ以上考え込んでいる余裕は無くなってしまった。本気で追いつこうと、制服のスカートが翻るのも無視して脚を振っているのに、依然として彼との距離が縮まらないのだ。

 

 彼女がこれまで、体育の授業などで記録した100メートル走の自己ベストは12.27秒。畑違いとはいえ、みやこは自負するに申し分ない速力を出せる健脚の持ち主であった。

 同年代の男子や陸上経験のある大人と比べても、全く見劣りしないどころか勝るほどの速さで彼女は大我を追いかけている。

 それでも追いつけない。しかも段々と彼との距離が離れ始めているのだ。


 若い才能と技能を伸ばし育てると謳う榛葉学園は、その施設の広さや充実ぶりもセールスポイントの一つであったが、二人の走り抜けようとしている校舎は、剣道場スペースを第二校舎一階の右側先端部とし、その直線距離は180メートル。実際には200メートル近い奥行きを誇っている。


(引き止めるのは間に合わない! だったら、私も!)


 大我はみやこを振り切るほどの距離を開けて階段を上がっていった。みやこ自身も、違和感の放たれた場所に大体の見当がついていたおかげで、彼の目指す場所へ一足遅れて合流することに決めた。


「はぁ…! はぁ…! く、黒瀬君…っ!」


 みやこが二階へ躍り出て大我を視認すると、乱れた息を整えながら小走りで近づく。

 大我は第二校舎二階の中央に位置する、科学準備室と立て札のつけられた教室の前で立ち止まっていた。

 背後から追いかけて来るみやこに気付きながらも、扉一枚向こうの()()に対して警戒を厳にしている大我は、みやこに一瞥をくれた後、一文字に引き結んだ口をゆっくりと開いた。


「探し物は何か、君は聞いてきたな?」


「はぁー…。ええ、聞いたけど」


 呼吸の落ち着いたみやこは、鋭い視線を向けてきた大我に対して気後れなく返した。


「この先にいるヤツが答えだ」


「ヤツ…?」


「ヤツは、奴等は…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 大我の発言に、みやこは不穏なものを覚えていた。

 その言葉の意味する所に、ではない。何故、黒瀬大我は、原因不明の行方不明者が有史以来後を絶たない。それについて、理不尽だと言いたげな顔をしているのかが分からなかった。


「…そうだろうな。()()()は皆、『それの何が許せないのか分からない』。こぞって同じ顔をするものだ」


「…痛っ」


 みやこは大我の言葉を聞いた後、不可解な頭痛に襲われた。


 みやこの思考は、その頭痛を機に朦朧とし始めていた。眠気に誘われるように、意識を手放そうとする酩酊感。その中で、彼女は大我の言葉を反芻しながら、胸の奥から何かが揺り起こされている。


「そうか、君は。だったら尚更思い出せ。思い出せば俺の言いたかった事が分かるはずだ」


「な、に…これ! い、たい! なんなのよ、これ…!?」


「それこそが切っ掛け(分水嶺)だ。思い出せたなら、俺も教える。思い出せないなら、このまま帰るか、大人しく保健室ででも休んでいるんだ」


「ぐ…、く、ぁ、ぁぁああ、あ!」


「君にも居ただろう。失ってはならなかった筈の大切な、大切な誰か(記憶)が」


 みやこの瞳に映った大我は、今はもう、飢えた獣じみた鬼気迫るものではなくなっている。それは、今日会ったばかりの彼女にも窺い知れるくらい、暖かな眼差しと、惻隠の情に満ちたものだった。


「あああ、う、ぅ…! お、か…ぁ」








 何か、頭の中で靄がかかったように判然としない。

 彼の言っている事は変だ。原因不明の行方不明なんて、この世界ではごくありふれたモノでしかなくて。


 本当に世界中どこででも、突然近くにいた誰かが居なくなるのは仕方のないことで。

 

 ああ、けれど。


 凄く、悲しかったことを憶えている。


 おかあさん。


 何処に行っちゃったの? おかあさん。


 お父さん、泣いてたよ。何処に行ったんだ。って…、探してたよ。


 わたしも、あいたいよ。


 ねえ、ねえ。おかあさん。


 



 どうしておかあさんは、何処にも居なくなっちゃったの?






 「う、うぅ…! お、かあ…さん…っ!」


 それは、みやこにとって触れられたくない過去の扉だった。大我にその意図があったにせよ、無かったにせよ。確かに彼女の芯に触れる部分を捉えたのだ。


 みやこはそれから、強烈な頭痛とともに悔悟の念に苛まれる。数秒か、数十秒か、数分か。

 やがてみやこの中で、頭痛の治まりと同時に何かが千切れたような音がした。彼女は幼少の記憶から、当時自分が抱いていた感情を余すことなく思い出す。



「そう、なんだ…。そうだったんだ。わた、し。私、おかあさん、いなくなって、悲しくて。辛くて。ずっと、()()()()()()()


 みやこの目から、涙が溢れていた。疲弊を訴える定まらない視線と、頭痛と回想の疲れすら凌駕する激情が、頭から爪先まで彼女を支配する。


「わた、し…なんで、なんでおかあさんのこと、ずっと…ずっと…! 忘れたりなんて、してたんだろう…っ!」


「風間さん」


 大我とて、彼女のこの反応を予想していなかった。

 自分だけが、違和感の先の不条理に対して、怒っている訳では無かったのだと。

 彼女の肩に手を掛け、大我は先ほど一階でしそびれた話を再開する。


「どうして、なの? お母さんは」


「君も、大切な家族がいなくなったんだな」


「……私、ずっと忘れてた。お母さんが突然、いなくなって。すごく悲しかったのに。いつの頃からか、私も、お父さんも、それが当たり前だって…思ってて。そんなの! 絶対、絶対、絶対、おかしいのに!」


 みやこの精神は今、蘇った記憶と感情に振り回されて暴走しかねない状態だった。

 大我は努めて、彼女の現状と自分の話についてをわかり易く伝えようと言葉を選んでいた。


「君の、君と君のお父さんが味わった喪失は、当たり前のことなんかじゃない」


「教えて! 私達の、お母さんは何処へ行ったの? 何で居なくなったの? 黒瀬君は何かを、ううん。人がいなくなる原因を知ってて、それが何処でいつ起こるか探していたから、この学校に来たの?」


「そういうことになる。恐らくは、この教室の中から出てくるヤツもその手合いだな。直接かどうかは知らないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()について、間違いなく関係している」


 その言葉を聞いて、みやこは固く拳を握りしめていた。掌が真っ白になるほど強く。短く整えていた爪が肉に食い込むほど強く。

 それを見た大我は、一呼吸置いてからみやこを諭すことにした。


「慌てるな。ヤツはまだ、こちら側に干渉し始めたばかりだ。じきに、この教室を入り口にしてこっちへ出てくる。そうしたら」








「俺が、今までの奴等と同じ様に、二度と俺たちに関われないよう徹底的に、壊して潰して、殺してやる」










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