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Outer Fiend  作者: 醤油プリン
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プロローグ

西暦2014年。日本、神奈川県H市。


 午前2時。丑三つ時と呼ばれる闇の中を駆ける影が二つ。

 一つは、数メートル先の影を追う青年。もう一つは、青年に追いたてられている()()()()()


 異形の生物は狼や狐といった肉食動物のそれに見られるような形状の口と、二対四個の眼球。浅く窪んだ爬虫類じみた耳と、熊のように発達した前腕と猫科の動物に似た形状の脚をしていた。

 加えて一般的な脊椎動物に見られる濃い体毛は無く、代わりに粘膜のような分泌液が全身を覆っている。

 文字通り、"異形の生物"としか表しようのない姿形をしていた。


 対して青年の方は、筋肉質だが非常に均整の取れた肉体を有している。身長も180センチ前後と背格好はそれなりにあったが、異形の生物と比べれば二回りも青年は小さかった。


 そんな対照的な両者の緊張は、最高潮に達していた。むしろ異形の方こそが、背後の青年の巨大な気配に戦慄と恐怖を覚えていた。

 その異形にとって、今まで感じたことの無い明確な死を連想させられるに充分な、並外れた殺意。

 異形にとっては身に覚えのない事であったが、青年にとっては、自身の過去と今に至るまでに起きてきた()()への挑戦だった。


 喉が渇く。息が切れてきている。自分とアレが風を切って走る音が、干上がるような自分の呼吸が耳に響いて五月蝿い。それでも脚を止められない。しかしこのまま逃走を続ければ、いずれ捕まり、自分は殺される。異形の生物は、それを理解していた。

 確信があった。自分ではアレに勝てない。爪も、牙も、体の大きさも、全てにおいて自分の方が上回っているのに。

 追いつかれれば最後、確実に死ぬ。冷徹に、残酷に、自分はアレに正しく一方的に蹂躙され、殺される。と。


 脚の速さは僅かに異形の方が優っていたが、後方の青年には異形を上回る持久力と、最適化された運動能力が備わっていた。

 先天的か後天的か、もしくはそのどちらもか。異形にはそのからくりが如何なるものかは分からなかったが、たった今分かった事がある。


 追いつかれる。このままでは、あと数十秒と保たずに疲労が限界を迎える。そうなれば、後はアレの思うがままだ。自分は弄ばれ、破壊し尽くされる。そうならない為に全速力で逃げているのに、その均衡が今破られようとしている。


(どうする? どうすれば良い!?)


 異形は必死になって考えていた。逃走か、反撃か。答えは明白だった。反撃するしかない。迎撃ではなく、先制攻撃でもって一撃でアレを仕留めなくてはならない。

 日頃狩っていた獲物と同じと思って完全に油断していた。アレの如き、自分がこれまで食してきた獲物と同じような見た目のバケモノが、獲物の群れの中に紛れ込んでいたばかりか此方を見つけて追いかけて来てしまった。

 異形の思考は千々に乱れ、反撃を決意したにも関わらず中々行動には移せなかった。

 

(いつやる? 今だ。今しかない! 行くぞ、行け!!)


 重い決断だった。走る両足に急ブレーキをかけ、その反動で飛びかかり青年の喉笛を掻き切る。


 そう思い立って振り返った瞬間、異形の下顎は岩塊のような重々しい拳の一撃によって砕け散っていた。


「ギ、ァ…! グギ…ッ!?」


 異形の生物は、自分の口から発せられた不協和音にしか聞こえない声をあげながら悶絶していた。

 痛みで四肢から力が抜け、その場で膝から崩れ落ちてしまう。何が起きたのか、砕かれた顎から流れ落ちる多量の血液を熊のような両手で受け止めながら理解した。


 骨は砕け下顎は頬の肉で支えられているだけで宙ぶらりんになり、異形の持つ蛇のように長い舌はだらしなく口外へ垂れ下がったまま安定を失ってしまう。

 異形の生物は反撃に出る()()()を捉えられ、甚大な損傷と出血によって急速に身体から熱が失われる感覚に襲われる。

 それでも気絶だけは許さないと言わんばかりに、意識だけが鮮明になっていた。異形の生物の脳内で取り留めも無い言葉が浮かび上がっては消えていく。


(お、折られた! 顎が! 体に力が入らない! 逃げられない! 何が起きた!?)


 異形の生物は混乱しきっていた。痛覚が判断力を低下させなおも続く出血が体力を更に消耗させる。

 そして、瀕死の異形の目の前に立った青年が、重苦しく口を開いた。


「次はお前の番だ」


「ギィ…!?」


 異形の生物には青年の言葉は理解できなかったが、自分に冷たく突き刺さる視線が、言葉に乗せて憎悪の感情をぶつけてきている事だけは教えてくれていた。


「お前が今まで食ってきた分のツケを払え。だから死ね。死ね、死ね! 死ね!!」


 一際大きな声をぶつけられた直後、異形のがら空きの頭部に痛烈な蹴りが放たれた。

 所謂、飛び後ろ蹴り。ローリングソバットとも呼ばれる強力な足技だが、それを踏まえても凡そ人間の脚力とは思えない威力のものが異形の額を打ち抜く。

 半死半生だった異形の生物は額を陥没させられ、それでも死なない自身の頑丈さを呪いながら地べたでのたうち回る。


「暴れるな」


「ギャ!? ギィィイ!!」


 冷淡な声と同時に、青年の容赦ない踏みつけによって今度は異形の右足首が壊された。

 下顎、額、右足首と立て続けに肉ごと骨を潰され、砕かれた異形の生物はこれ以上はやめてくれと懇願するように、震えながら両腕を不規則に振り回して抵抗する。

 青年は異形の右腕を片手で払い除け、異形の左腕を右脇に抱え込むように抑えつけると、右肘の関節を明後日の方向へ思い切り捻り上げて破壊した。


「ビギィァアアア!? ア"、ァ、ガ…!!」


 もはやまともに思考できるだけの余力も無くし、動かせる部位も右腕と左脚を残すのみとなった異形の生物は、失った血と痛みと恐怖でショック状態に陥り始める。

 痙攣を起こし、くぐもった呻き声を漏らしながらいつ絶命してもおかしくない状態へと成り果ててしまった。

 そこへ青年は異形の上へ馬乗りになり、マウントポジションからなおも異形の顔面へ拳を叩き付ける。


 「思い知れ。思い知れ! 思い知れ!! お前に喰われた人々の無念を、怒りを!! 死んでいった人達の断末魔を思い出せ!!」


「バ…! ベ、ベ…ェッ!!」


 死を目前にした異形の生物。その瞳には、自分を殺す存在。その表情が至近距離で初めて映し出された。

 歯を剥き出しにして怒り、眼を血走らせて拳を振り抜くソレの、今際の際の自身へ発せられた言葉が何を意味するのか、漸く理解した。


(ぁ、ああ…。コイツ、は、同族を喰ワれ、た、報復に、キ、き……カ)


 自らの骨を砕き、肉を潰し、打ち伏せる青年の感情を読み解いた直後、異形の生物は完全に絶命した。

 死因は殴打、骨折、失血からくる痛みと恐怖によるショック死であった。


 一頻り殴り終えた青年は、やがてゆっくりと立ち上がる。その後数秒は動かぬ肉塊となった異形の生物だったものをじっくりと観察し、死んだ事を確かめた最後にもう一度、その亡骸を力の限り踏みつけてから立ち去って行った。


 時刻は午前2時19分。

 青年が立ち去り野晒しになった異形の死体は、なにをされるでもなくひとりでにぼろぼろと手足から崩れ始める。異形の生物は瞬く間に塵に還り、跡形も無く深夜の風に吹き消されていった。


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