転生した悪役令嬢は犬を拾う
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「アイリス嬢、貴方との婚約は破棄させていただく!」
吐き捨てるようにエドワード王子が言いました。
隣には、妹のルシアが瞳を潤ませて寄り添っています。
普通の貴族令嬢だったら、ショックのあまり気を失っていたかもしれません。
妙齢の令嬢にとって、婚約破棄とは死刑宣告のようなものですから。
私は、貴族としても女性としても妹に負けたのです。
娘を政治の道具としか思っていない両親は、役に立たなくなった私を切り捨てるでしょうね。
気付いた時には全てが手遅れでした。
「男遊びが酷いんですって」
「金遣いが荒いって聞いたわ」
「妹のルシア様を陰で虐めていたそうよ」
貴族達は噂話が大好きですからね。
私はいつの間にか『悪役令嬢』とやらに仕立て上げられておりました。
まんまとルシアの術中に陥ってしまったのです。
まさか、婚約者であるエドワード王子まで噂を鵜呑みにするとは思いませんでしたけど…
無口で愛想の無い私より、社交的で甘え上手な妹の方が魅力的に映ったのかもしれませんね。
両親はさっさと親子の縁を切る準備を始めました。
私は、最北端の荒廃した領地を治める下級貴族の養子になるそうです。
エドワード王子とルシアが改めて婚約するには、私の存在は邪魔ですものね。
「領民が少ない代わりに魔物が出るそうよ」
ルシアが楽しそうに声を弾ませて教えてくれました。
この子は昔から本当に良い性格をしています。
普通の貴族令嬢だったら、悔しくて悲しくて絶望に打ちひしがれていたでしょうね。
もちろん、私だって悔しくて悲しいですよ。
でも、同時に思うのです。
『浮気王子とか最悪!むしろこっちからお断り申し上げますけど?でもまぁ辺境の地はアリかな。新たな物語が始まりそうなイメージあるし。とにかく貴族でいられるなら良かった。今から平民は無理ゲーすぎる』
生粋の貴族令嬢の自分の中に、不思議でおかしな考え方をする自分がいるのです。
たぶんこれは『前世』というやつですね。
私には、日本という国で生きた女性の記憶が残っているのです。
記憶の中の彼女は、いつも文句を言いながらも楽しそうに働いておりました。
それはもう朝から晩まで奴隷のように…
簡単に言うと、ブラック企業に属するワーカーホリックだったのです。
彼女は動物が大好きだったので、犬の世話をする仕事をしておりました。
どちらかと言えば犬派だったのです。
もちろん猫だって大好きでしたけど、日本で生きていくには、どちらかの派閥を選ばなければいけませんから。
ちなみに、きのこ・たけのこ問題については、圧倒的にきのこ派でした。
毎日忙しかったので、男性とお付き合いする時間はありませんでしたけれど、堂々とおひとりさまを謳歌して、厄介なマウント女子にも立ち向かいました。
自由で意思が強くて少し口が悪いけれど魅力的な女性。
自分で決めた人生を自分の力で生きた記憶は、挫けそうになる度に力をくれるのです。
私も彼女みたいになれるかしら?
『諦めたらそこで試合終了ですよ』
彼女の言葉を思い出すと勇気が湧いてくるのです。
何日も馬車に揺られて辿り着いた北の大地は、想像していたよりも平和でのどかな土地でした。
凶悪な魔物は、山奥や洞窟の中にいるので、人里を襲うような事はほとんど無いそうです。
「貴女が私達の娘になってくれるアイリスね!」
「来てくれて嬉しいよアイリス」
新しい両親は、貴族とは思えないほどに善良で朗らかな人達でした。
「いずれは後を継いでほしいけど、しばらくはのんびりしたらいいよ」
「好きな人が出来たら教えてね?娘と恋の話をするのが長年の夢だったのよ!」
新しい両親は、嬉しそうにそんな事を言うのです。
私はてっきり、ろくでもない男と結婚させられて馬車馬のように働かされるのかと思っておりました。
これは『怪我の功名』ってやつですね。
幼い頃に憧れて諦めた、優しい両親を手に入れる事ができたのです。
「おーい!アイリスー!」
朝の散歩をしていると、畑仕事をしているお父様が手を振りながら言いました。
「もうすぐ朝食だから、あまり遠くまで行ってはいけないよー!」
「はぁーい!」
私も手を振り返して返事をします。
屋敷の周りには広大な庭が広がっており、畑や湖や小川や草原まであるのです。
私は毎朝、庭を散策するのが日課になりました。
今日はどこへ行こうかしら?
のんびり湖を眺めるのも素敵だし、草原で寝転がるのも捨てがたいわね…
そんな事を考えながら歩いていると、大きなモフモフの塊が急に目の前に現れました。
ピンと立った三角の耳、パタパタと揺れ動く尻尾、フワフワで柔らかそうな白銀の毛、つぶらな琥珀色の瞳。
「こ、これは、もしかして……犬では?」
心臓を鷲掴みにされるようなトキメキに抗う事など出来ませんでした。
可愛いの暴力を身をもって知った瞬間です。
「お、おいでー?」
恐る恐る手を差し出す私に、その子は少し首をかしげましたが、ゆっくり近づいて来てくれました。
控えめに言って天使ですね。
スンスンと私の手の匂いを嗅ぐ仕草が可愛い過ぎて息をするのを忘れます。
このまま屋敷に連れ帰っていいかしら?
あ、あ、なんということでしょう!
思う存分匂いを満喫したその子は、ちょっと得意げな顔をしてお手をしてくれたのです!
たぶん、天才なのだと思います。
「もし良かったら、うちの子になりませんか?」
フライング気味で名前を考え始めた私に、その子は元気よく「ワン」と答えてくれました。
やはり天才ですね!間違いないです。
家族会議の後、名前は「レオン」に決まりました。
レオンはとっても可愛くて賢くてモフモフです。
今日から我が家はモフモフ天国になるのです。
数週間後、私は重大な問題に直面していました。
うちの子……天才すぎるのではないかしら?
私が少々親バカ飼い主である事は認めます。
もちろんレオンは可愛くて素晴らしい子ですが、それだけではなくて、何だか少し常軌を逸しているような気がするのです。
つい先日は、人の言葉を喋っておりました。
「アイリス大好き」って言ってくれたんです。
もちろん私もレオンが大好きです。世界で一番好き。
犬は人の気持ちが分かるといいますが、人の言葉まで分かるなんて知りませんでした。
都合が悪くなると「わん」しか言わなくなるところが、また可愛いのです。
それと、毎日どこからか魔石を咥えてくるのです。
魔石って希少で高価ですから、その辺に落ちている事はないと思うのですが…
たしか強大な魔力量の魔物を倒さないと手に入らないのではなかったかしら?
とりあえず、ダイニングルームに飾りました。
魔石って見た目はそんなに美しくないですが、実は宝石よりも価値があるのです。
魔除けや幸運の効果があると言われております。
レオンがプレゼントしてくれた石ですから、たとえ価値がなくても私は嬉しいですけどね。
レオンは今日も元気に魔石を咥えて帰ってきました。
「アイリス、これあげる」
尻尾をパタパタ振りながら、琥珀色の瞳をキラキラさせて言うのです。
「アイリス嬉しい?」
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
私はレオンのフワフワな体を抱きしめて返事をします。
日に日に魔石のサイズは大きくなっていき、ダイニングルームには魔石の山ができ始めました。
せっかくレオンがくれたプレゼントですから、有効活用したいものです。
小さな魔石ならアクセサリー加工も可能ですけど、大きくなると重さもそれなりにありますからね。
試しに、お風呂に入れたり、畑に埋めたり、料理や洗濯にも使ってみました。
その結果、私は魔石に無限の可能性を感じました。
美肌、保湿、虫除け、美味しくなる、腐りにくくなる、汚れが落ちやすくなる等の効果が出たのです。
どうやら相性があるらしく、色々と試した中でも絶大な効果を発揮したのは漬物でした。
魔石を重石にして作った漬物は、美味しいだけではなく美容と健康にも大きく作用したのです。
まず、お父様の薄毛がフサフサになり、お母様のシミとシワが消えました。
腰痛、神経痛、頭痛、鼻炎、胃もたれ、肌荒れ、口臭、口内炎、二日酔いなど全て治りました。
そして、とんでもない効果が出たのはレオンでした。あ…犬に漬物が良くない事は理解しております。
漬物は塩分量が多いですからね。
でも、もの欲しそうな顔で「くぅ〜ん」とか言われてしまうと弱いんですよ。
ほんの少しだけ、味見程度しかあげていません。
レオンは美味しそうにパクッと漬物を食べました。
そしたら、ボンって音がして………
人間の男性の姿になったんです!
ケモ耳とケモ尻尾は付いたままです!
男性のシンボル的なアレは、ちゃんと尻尾で隠れていましたので安心して下さい。
人間の姿のレオンを一言で表現するのならば…
「推せる!」でございますね。
サラサラの白銀の髪、彫刻のように整った顔、琥珀色の甘い瞳、スラリと長い手足、ケモ耳ケモ尻尾!
どうやら、レオンは獣人だったようです。
「ずっと獣の姿だったけど、やっと人の姿になれた!」
尻尾をパタパタ振りながら嬉しそうに言いました。
獣人とは、神様に最も近い崇高で尊い存在です。
絶滅したと言い伝えられていましたが、まだ存在していたのですね。
「アイリス大好き」
するりと私の腰に手を回し、とろけそうに甘い声を耳元でささやくのです。
私は、顔どころか体まで真っ赤になってしまいました。
レオンはコツを掴んだようで、自由自在に人にも獣にも姿を変えられるようになりました。
距離が近くて甘え上手なのは、どちらの姿をしていても変わりません。
漬物パワーに感激した両親は漬物作りにハマりました。
減塩、薬草入り、甘め、辛め、定番野菜、季節野菜など多種多様な漬物を作り始めたのです。
やがて漬物は、北の領地の特産品になりました。
王都では『若返りの薬』と呼ばれているそうです。
美味しくて長期保存可能で美容にも健康にも効果がありますからね。
噂が噂を呼び、漬物は入手困難な高級品として認知されるようになりました。
予約しても数年お待ちいただきますし、購入出来るのはお一人様一点限りです。
貧乏で荒廃した北の領地は、莫大な収入源を得るようになったのでした。
甘い蜜に虫が群がるように、利益に寄ってくる害虫っているんですよね。
北の領地に私の元家族達がやって来ました。
狙いは間違いなく漬物でしょうね。
元両親は、薄笑いを浮かべながら「是非とも事業に協力させてほしい」とか戯れ事を言って、お父様とお母様を困らせております。
ルシアは、私の隣にいるレオンにうっとりとした視線を送り始めました。
「獣人様のお噂を聞いた時……私の胸は喜びに震えて…涙が止まりませんでしたの!」
これは何だかとても嫌な予感がしますね。
私がとっさにエドワード王子の話題を出すと、ルシアは一瞬顔をしかめて小さな声で答えました。
「私の魅力を理解できない愚か者には何の価値もありませんわ。そもそも王子なんて名ばかりの13番目の側室の子ですもの」
要するにエドワード王子に浮気されて破局してしまったのでしょうね。
どうやら王都では、漬物だけではなく獣人の事まで噂になっているみたいです。
「獣人様、私は運命に導かれてここに来たのです…」
ルシアは潤んだ瞳で熱っぽくレオンを見つめます。
レオンの手が私の腰に回っている件にはガン無視です。
「獣人様、どうか私を恋人にして下さいませ!」
どうやらルシアは、私の存在を完全にスルーして話を進めるみたいですね。
レオンは私をギュッと抱きしめて言いました。
「アイリスを愛しているから、お前は要らない」
突然の告白に、私の頬は真っ赤に染まります。
それを見たルシアは、火がついたように怒鳴りました。
「お姉様が幸せになるなんて許さないわ!獣人様は私のモノになるべきよ!」
頭の中に前世の記憶がよみがえります。
『お前の物はオレの物、オレの物はオレの物』
そんな理不尽な言葉を受け入れる事など出来ません。
漬物だってレオンだって絶対に奪わせない!
私の怒りに呼応するように、魔石から禍々しい黒い煙が溢れ出てきました。
やがて黒い煙は、私の元家族達をすっぽりと包んでしまったのです。
元家族達は慌てて煙を払おうとしましたが、まるで呪いのように煙はまとわり付きます。
そして、元家族達の頭からキノコが生え始めました。
けたたましい悲鳴を上げながらキノコをむしりますが、次から次から生えてきます。
あのキノコって……松茸ですね!
前世では高級食材として近所のスーパーで売られていましたが、今世では初めて見ました。
結局、元家族達は泣きながら帰っていきました。
「こんな呪われた領地には二度と来ない!」と、頭上のキノコを震わせながら捨て台詞を残して…
それにしても、魔石って本当に万能ですね!
やがて王都では、おかしな噂が広がりました。
社交界に姿を見せなくなった貴族が珍しいキノコの販売を始めたのだとか…
そのキノコは、何とも言えない独特の香りがするらしいですよ。
「もう少しで完成するからね!」
最近、レオンはツリーハウスを造っています。
それは絵本に出てくるような可愛くて素敵なお家です。
「早くアイリスと番になりたいな…」
レオンは私の唇をカプリと優しく噛みました。
真っ赤になった私を嬉しそうに甘噛みする姿は、まるで狼の求愛行動のようです。
狼はとても愛情深いので、一度決めた番は死ぬまで変わる事がなく一生添い遂げるそうですよ。
もし、狼のような愛情深い相手に出逢えたとしたら…
それはとても幸せな事ですね。
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