第四話「砂被り姫の理解者」前編
本日は第5話までお楽しみください。
碑石とは、物言わぬ語り手だ。
本やスクロールでは語り繋ぐことができない貴重な歴史や、誰かに焼かれる危険のあるものを後世へと伝える役目を持つ。
崩れかけであっても遺された言葉は碑文にて伝わる。
「メイベリアン……つまりカエルム辺境伯領に隣接するヴェゲーゼン山脈を地母神信仰の対象とする山岳民族の遺跡をメイベリアン系遺跡と呼びます。カエルム辺境伯領では平地部分でも発見されることは多いですが、山岳部が基本です」
そして、アミーポーシュ男爵領は山岳部とは反対側の位置に存在する。つまり、この地域に本来メイベリアン系遺跡の出土品は存在しない。
しかし――。
「先日アミーポーシュ男爵領付近にもメイベリアン系遺跡が発見されたという報告がありました。でもそこはまだ発掘していない。ということは、これはカエルム領でも男爵領でもないところから発掘された出土品ではないですか」
「……えっと、それはつまり、僕、遺跡泥棒って疑われてるの?」
「このお店の売り上げが振るっているようには見えないので」
ロゼッタの指摘に、青年は逆に微笑む。
かなり不躾な指摘だが、青年は動じない。虚勢か余裕か。
社交界でもこうしたポーカーフェイスは重要だ。だが、この青年は違う。どちらかというと――。
「これはマドレーヌ様から調査を依頼されたものだ。値札もついていないし、商品棚に並んでいるわけじゃない」
「……それは、確かに」
「この碑石は北の国軍砦のほうで見つかったものだよ。城塞長が遺物に関心のある方で、発見次第マドレーヌ様にご連絡が入ったんだ」
「アルゲン砦ですね。確かにあそこは何年か前にマドレーヌさんの出資で発掘調査を行った場所です」
「発掘調査に関りが?」
「当時そこで指揮を執ったのが私です。マドレーヌ様は、その手のことに資金は出しますが、口は出しませんから」
そこで見つかった出土品は、男爵領で保管してあるはずだ。それを研究史料として預かっているということだろう。
つまり、彼の立場は――。
「ならぜひお礼を言いたい。おかげで僕は、これを研究できる」
「すでに碑文の解読を?」
「ああ! メイベリアン系遺跡の碑文は鳥や動物を象ったものが多いけれど、彼らの言語と照らし合わせると文字それぞれは意味より音を示している。今解読している部分は、彼らの先祖の物語で、山岳信仰と山岳居住を続けてきたメイベリアンが、時期によっては平野部で生活していたのではないかと――」
だんだんと言葉に熱がこもる。
ロゼッタにはマドレーヌが、彼とは気が合うだろうと言ったことの意味がわかった。
同じだ。
好きなことには熱中し、話しているとだんだん早口になってくる。息をつくのも、吸うのも忘れて喋り倒してしまう。
これで研究もして、マドレーヌから給料が出て、借金を返済できたとしてもおかしくはない。
「メイベリアンが平野部でも生活していたことが確定すれば、帝国人との明確な交流や種族的同一性の確証に繋がる。これまで長年に渡り対立していた歴史は、決して定められたものではないと証明になります」
「その通りだ。確かに彼らと信ずる神は違う。でも同じ大地で生きている人間だ。この研究は歴史を紐解くだけじゃない。今の人たちを繋ぎ合わせ、世界を変える研究になるんだ」
感極まった声が、二人の間を行き来する。
それは確かな、共通言語を持った者たちの会話だった。
「驚いた。僕がメイベリアン系遺跡を研究して二年、これが何かを言い当てた人はいない。貴族のコレクションに加わるようなものではないし」
「本当に、私も驚きですよ……」
熱に浮かされた頭を、ロゼッタはそっと抑えた。
ふと、目の前の相手の顔をはっきり見る。そこには、マドレーヌが美男子というだけの、眩しい、けれど可愛く笑う顔があった。
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