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第九話「砂被り姫の不慮の出会い」前編



 ケーキを片手に二人は、街の様子を見ながら帰路に就いた


「カエルムにいたころから、かなり好きにさせてもらってはいたんです。弟が領地を受け継ぐことは決まっていましたし、辺境伯領は社交界との関りが薄くてもやっていける、自立した風土と生産性もあったんです」

「あのあたりは、それこそ帝都近郊の肥沃地に匹敵する農耕地だったよね。もしかしたらメイベリアンも昔は農業民族だったかもしれないね」

「はい。それくらい豊かだったので、まさかお父様が中央の社交界に興味を示すなんて思わなかったんです」


 本人としても気の迷いとしか言えない。宮廷伯の誘いを受けてのこととはいえ、あまりにも強引な婚姻だった。


「私としても先に断ってくれて清々しているくらいですけど。正直ほっとしています。あの男の下では、まともな研究どころか、博物館に行くことすらできないでしょうから」


 まして、今こうして街中を歩くことすら難しいだろう。あの言動、考え方からして、領民やメイベリアンとも深く関わってきたカエルムとは相性が悪い。

 いくら領地を継がないことが確定していたとはいえ、ロゼッタなりにあの場所を愛していた。


「きっとこの研究は、カエルムだけじゃない。この帝国全体に良い影響を与えると思うんです。だからこそ、私の手で成し遂げたい。そういう――約束だから」

「……約束?」

「そ。十年以上前にね、まだそのころは砂被り姫なんて呼ばれてなかった頃で――」


 少し照れくさそうに笑う彼女は、何かを思い出しているのか上を向く。

 次の言葉を言いかけた時、ふいに、二人は振り返った。


「ロゼッタ・フォン・カエルム……ふん、あいかわらず貴族らしからぬ娘だな」


 馬の嘶きと同時に一台の馬車が停止した。二頭立ての黒塗り、華美ではないが貧相ではない。伯爵がお忍びという形で使うのならば、十分だ。

 つまり、搭乗者は――。


「シュテサル卿。どうしてアミーポーシュ領に」

「貴様の領地と違いここは美と食の街。多くの貴族もお忍びで訪れる素晴らしき場所だ。貴様のような蛮族まがいの女には相応しからぬ街であろう」


 ――こいつ私とマドレーヌさんが親友だって知らないのかな。


 そんなことを脳裏に浮かべるロゼッタだが、まずは訂正する。


「私を呼ぶのにフォンはいりません。これでもカエルム家を追放された身。すでに貴族ではなくただこの街で暮らす一市民です」

「知っている。貴族の誇り高き地位に居られなかった哀れな女を、憐れんで呼んでやっただけだ。貴様などにフォンの称号はもったいない」

「ならつけないでください」


 馬車を降りてきたシュテサルは周りの視線が集まるのも気にせず肩を怒らして詰め寄る。


「今ここで謝るのなら、愛人として帝都へ連れて行ってやらんでもない。ほら、どうだ」

「話す価値がないので通行の邪魔です。帰ってください」

「――ぁ、あ?」


 あまりの言動に、シュテサルの思考が停止する。

 青筋が浮かび上がり、先に叩かれた頬が引き攣る。白目をむくほどの形相を向けたシュテサルは、その腕を振り上げる。

 さすがに、ロゼッタもしまったと思う。だが、ここでシュテサルに反撃したり抵抗したりすれば、余計な問題をカエルムは抱え込む。

 殴られるしかない。ぎゅっと目を閉じて、腕で顔を庇おうともせず、彼女はせめて負けるものかと足を踏ん張った。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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