第八話「砂被り姫の日常」後編
アミーポーシュの街は、芸術の街だ。
同時に美食の街とも呼ばれる。男爵領を仕切る領主であるマドレーヌが自ら帝都や各地に出向いて見聞した職人・料理人を選ぶ。そして時には本人を、時に相手に弟子を取らせ、自分の領地へと招く。
「さすがマドレーヌさん、芸術も食事も一流の目利きです」
「まだ開店してから二週間と経っておらず、客足は少ないけれど、すぐに噂は広まるだろう。早めに来て正解だった」
「お土産のバターケーキも確保できたし、これで午後も頑張れます!」
パスタに舌鼓を打つロゼッタはご満悦で、先ほどまでの行き詰った様子はない。
良い気分転換になったようで、カイロは少し頬を緩ませた。
「さて、気分転換できたのはいいとして、ロゼッタさん。正直僕も君も、あの解読の進め方がわからなくなっている。それは認めざるを得ない」
「うーん……反論の余地はありませんね」
肩をすくめながら、ロゼッタは最後に残ったミートボールを齧る。溢れ出す肉汁を噛みしめながら、最後の一欠けらまで堪能した。
腹と頭は満たされた。ではそれを消費する番だ。
「碑文を照合するのに、どうしても資料が足りません。先日お父様に手紙も書きましたが、正直カエルム領で見つかっている分と比べても、さほど違いはありません」
「マドレーヌ様経由でそのあたりの史料は拝見したけれど、君の言う通りだ。だから、より多くの史料を集めることに、まずは専念しよう」
「――と言われても、そんな古本屋に転がっているものでは……あ」
そこで、ロゼッタはカイロが何を言いたいのか理解した。
「決まったんですか。発掘の日取り」
「マドレーヌ様から、近いうちに声をかけると書簡で。だから今は、少し気を緩めてもいいと思うよ。ケーキは売り切れるかもしれないけど、遺跡売り切れない」
「そっか。ひひっ!」
ロゼッタは小さく拳を握り、口角を吊り上げて笑う。おおよそ貴族らしい笑い方ではない。
貴族は笑うなら口元を隠し、歯を見せず、優雅でなければならない。ただ、ロゼッタはそういう典型的な存在とは全く違う。
「嬉しそうだね」
「はい。カエルムの名を失ってから、初めての調査に出られる機会が、こんなにも早く巡ってくるとは思っていませんでした。だからこそ、待ち望んでいました」
「よし、じゃあ帰ったら返事を書いておくよ。君も含めて調査に同行できるように」
「お願いします!」
目に力が籠る。握った拳が熱く、皮膚がざわつく。まるでもう、灼熱の太陽に晒されながら、発掘作業に勤しんでいた時のようだった。
「急いで帰りましょう! それですぐ連絡しましょう。さ、カイロさん!!」
椅子から立ち上がったロゼッタは代金を勢いよく机の上に置くとカイロの手を取って引っ張り上げる。待ちきれない、そう体が訴える。
店の出口まで引きずるように腕を組む彼女を、カイロが呼び止める。
「ま、待ってロゼッタさん。土産、ケーキ忘れてるよ!」
「え――あうっ! 失礼しました!」
さすがにロゼッタも恥ずかしさで赤くなった。楽しいことがあれば全力で楽しむ。まだ彼女は、そんな十七歳の少女でしかなかった。
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