第八話「砂被り姫の日常」前編
ロゼッタがカイロのもとに居候を始めてから、一週間以上の時が過ぎた。
アンティークショップ『ル・ビュー』での日々は、またゆったりとした時間の中に戻った。
以前より少なからず客足は増えたが、それでもまだ閑古鳥が鳴くことも多い。
おかげで、碑文の解読に時間を回せることは、ロゼッタにとっては嬉しさが勝っていた。
「うーん、そもそも、メイベリアンが同じ帝国人の先祖と同じなら、言語だってもっと似通っててもいいはずだよね……。東部訛りと一致する発音はほとんどないっていうか、そもそもこっちにある単語とない単語とあって……」
「いったん落ち着いてみよう。お茶、入れたから」
「ありがとうございます……」
ずずっ、と出されたカイロの淹れてくれたお茶を啜る。
朝の内は数人いた客はすでにおらず、昼を回っても客足はなし。アミーポーシュの街自体は賑わっており、通りの向こうから、観光客から商人まで賑わいは絶えず聞こえていた。
「カイロさんが、たった二年でこの碑文を三割以上解析できていたのには、心底感服しました。既存の史料とも当てはまらない記述が多いのに、よくお一人で」
「ははは……時間だけはあったからね」
そう言って恐縮するカイロに、ロゼッタはそんなことないと首を横に振る。
「お店も経営して、ハリエさんがいたとは言えほぼ一人暮らしで、それでもここまでやっているんです。誇っていいことですよ」
「マドレーヌ様からもそう言われることがあるけど、あの人はなにがすごいのかわからずに言っているから、なんだか新鮮な気分だよ」
理由のわからない賞賛より、過程と結果を理解してもらった賞賛のほうが嬉しかった。その点では、二人は唯一無二の相方と言っていい。
「いっそ気分転換もかねて、お昼にしようか」
「はい。今日はどうします? 何かもう準備を?」
「いや。まだなんだけど、マドレーヌ様からおススメの店があるって」
この街の流通・流行すべてに気を配るマドレーヌだ。彼女がおススメというのなら、間違いない。
「街で流行りのパスタとスイーツを出すそうだよ。甘いものは頭の疲れに効く」
「いいですね! でもケーキならやっぱりバターケーキですよ」
「バターケーキにフルーツ盛りだそうで、頼めばホールで持ち帰ることもできるとか」
「何ですかそれ早く行きましょう!」
生まれはお嬢様だというのに、庶民的なケーキが好みらしい。マドレーヌから聞いた話では、今帝都の貴族に好まれているのはサクサクのパイらしいが、そちらは手間暇と技術が要求される。加えて保存もなかなかできない。
だがバターケーキは保存がきき、作り置きして置ける庶民のおやつだ。
「よし、それじゃあ急ごうか。マドレーヌ様が宣伝していなければ、まだ隠れた名店のはずだから」
「マドレーヌさんは言っていましたね。
『おいしいものを食べたらまず大きな声でお礼を言いなさい。そしてより大きな声で周りに勧めなさい』
――と」
気まぐれな女主人の眼鏡に適ったケーキはどんなものか。
今からでも楽しみなロゼッタであった。
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