第六話「砂被り姫の働き方」後編
コトン、と音を立てて机に置かれたのは、古いツボだ。
「こちら、父の残したコレクションの一つで。少しお金が必要になったのですが、価値もよくわからないので、こちらにお持ちしたんです。男爵夫人からのご紹介で」
「夫人からのご紹介ですね。まずはこちらの机に。紹介状をお見せください」
慣れた動作でカイロは貴婦人の対応をする。
ここ男爵領には領地を持たない子爵、男爵が複数いる。芸術家のパトロンであったり、商売を営んだり、地方領主であるアミーポーシュ家に仕えたりして生活している。
この貴婦人もその誰かだろう。辺境伯が出席する社交界には、まず出ない。よって、ロゼッタにも見覚えはなかった。
「バゴン準男爵夫人でいらっしゃいましたか。これは失礼を。まずはこちらの書類に署名を」
「これ、見たことあるタイプです」
「鑑定、できそうかい?」
「はい、見てみます」
手続きを始めたカイロの隣で、ロゼッタは手袋をはめると、ツボを眺める。
きれいなツボで、保存状態は悪くない。木製の箱に入れられ、布で包まれていた。日光に晒したり温度変化が継続的に起きるような場所には置いていたりはしていなかったようだ。
「《彩の国》の陶磁器ですね。青花、欠けなし。状態良好。大体四十年物の作品ですね。作者の刻印は、どこかにあるかな……」
「男爵夫人からは、青年店主一人の経営だとお聞きしていましたが、お嬢さんもいらっしゃったのね」
「先日雇用いたしまして。しかし確認が早いね」
形状、色彩、顔料、音、様々な要因から生産国と生産時代を見極めていく。価値の証拠になりえる作者の刻印を探すロゼッタの目は、真剣そのものだ。
確かに、この手のものは彼女の専門ではない。
だが、まったくもって知識がないわけではない。
「見つけれません。カイロさんならわかります?」
「えっとね、これは……あ、あった。ここ。内側の一番奥。鉱石ランプで照らしてみて」
「わ、あった! えっと、この刻印……一覧あります?」
「後ろの棚に国別、年代、音の順番であるから」
さらにじっくりと全体を観察するカイロに代わり、ロゼッタは刻印の持ち主を調べる。
遺跡や遺物の検分でも、こうした先人たちの残した資料は重要だ。筆頭でも多くの事例があれば、多少歪んだり削れていたりしても判別できる。
「見つけました。これで大丈夫ですよね」
「ああ。間違いない。確か、この作品は今どこかの子爵が探していた……あった。だから、えっとこの値段だったら……よし」
値段が決まった。アンティークショップは売るだけではない。不要な者から買い取り、欲している者に融通する。その際にきちんと価値を確認する役割を担う。
「ではこちらのお値段で買い取らせていただきます。またお待ちしております」
「ありがとうございました!」
その日、妙に『ル・ビュー』は盛況だった。誰もがマドレーヌの紹介状を手にし、不要なものを売り払い、目新しいものを購入する。
初日でありながら猫の手も借りたい状況。それでも耐えきり、店じまいまで立ち続けた二人は、沈みゆく夕日に照らされながら、ソファや椅子に体を預けた。
「働くって、大変……」
「今日は、特別だよ……」
きっと彼女が気を回してくれたのだろう。やりすぎではあったが。
その後やってきたハリエの拵えてくれた料理は、疲れ切った二人の体を、胃袋から癒してくれたのだった。
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