第六話「砂被り姫の働き方」前編
翌日、ロゼッタは差し込む朝日に目を覚ました。
一人で使うには広すぎるベッドから身を起こす。実家やよく遊びにいったマドレーヌの屋敷のものとも違う、少し硬い、庶民のベッドだ。
「これから、ここが私のベッドになるのね」
起きたら追放も、出会いも、全て夢だったなんてことは、ない。
父以上の――自分と同等の熱意でもってメイベリアン遺跡の研究をする青年との出会いは現実だ。ぐぐっと手足を伸ばした少女は、着替えて廊下に出る。
「カイロさん、おはようございます」
「おはようロゼッタさん、よく眠れたようで」
「おかげさまで。朝食、手伝いますよ」
カイロも今起きたようで、大きくあくびをしながら階下へ向かう。
すると、何か焼く香りと音がする。
「……この家、カイロさん以外に誰かいます?」
「ああ、今日は週初めだから、彼女がいるんだ。週三日で働いてくれている、というより勝手に来て勝手に料理して、勝手に帰っていく、よくわからないお手伝いさんって感じの」
首を傾げるロゼッタは、カイロの開けた扉を潜る。そこにはお仕着せを身に着けた女性が一人いた。ただし、その目は奇妙な文様の書かれた仮面で覆われている。何より、彼女が動くたびに何か奇妙な音も聞こえていた。
「おはよう、ハリエさん。紹介しないといけない人がいるんだけど」
「あらあら、カイロにもようやく恋人ですか? お父さんも喜びますね」
「いやいや違うから! 昨日から住み込みで働くことになった、ロゼッタさん。ロゼッタさん、こちらはハリエさん。いろいろお世話になってる――」
小さく、カチカチという音がする。振り向いたハリエが手袋を取りながら差し出した握手へロゼッタが反射的に手を出した時、その冷たさと硬さに驚いた。
手を見て、顔を見て、二度驚く。指の関節、掌にある割れ目と球体関節。目隠し妖精の如く目を隠していながら周りが全て見える理由。その全てが、握手だけで解決された。
「うそ、会話ができる、古代機人……」
古代、現在の帝国が建国された四百年、それよりも前の旧帝国、さらに遡ること古代王朝の時代。様々な技術が生まれては消え、消えては生まれた。
錬金術、占星術、神聖刻術――様々な神秘的な技術の粋を集めたと言われるのが、古代機人だ。
「彼女は昔からこの街で暮らしていてね。みんなの相談役でもあるんだ」
「あらあら、相談役だなんて。私はちょっとみんなの話を聞くのが得意なだけですよ」
くすくすと笑って見せるハリエは、握手しなければ古代の遺物だとは気づけなかった。人間の感情をこれほどに再現できる技術は、現代にはない。
「ほら、お話は朝ご飯を食べてからにしましょう。二人とも座っていて。すぐに作りますからね」
ふと、ロゼッタは思い出す。そんなに回数は多くない。それでも母が丹精込めて作ってくれた朝食は、朝から元気いっぱいに野山を駆け回る自分の、大切な活力になっていた。
キッチンに立つ古代機人の後姿を眺めて、ふとそんなことを想った。
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